第22話 実演開始当日 ── 中隊の危機・乗員の被害 ──
暗闇の茅林を抜け、斜面を登って中隊本部へ向けて二人は一心に走る。
やがて見えた明かりの輪の中に、右往左往している人混みが浮かび上がっていた。
「どしうしたっ、何があった」
血相を変え、大喝と共に人混みに飛び込んだ二人を見た者は、皆一様にぎょっとした。
「食中毒と思われます。副食を食べた幾人か、急な体調不良を訴えて倒れました」
そう報告をうけた時には、うずくまり、顔面を蒼白にして吐捨し続ける中隊員の姿があった。その中の一人に、歩機操縦者である橋田兵長の姿があった。見たところ、若く身体の小さな彼が一番酷い症状をしていた。
「橋田っ、大丈夫か」
梶山少尉が駆け寄ると、白目を剥いて身体を小刻みに震わせていた。返事はなく、口から泡を吹いていた。
「ゆするな」
そう言ったのは田実大尉だった。
彼は橋田兵長を横臥させると、外套を脱いで頭の下に差し入れた。そして口に指を差し込み、強制的に胃の中の物を吐捨させた。
「何ぼさっとつっ立っている、他の者も同様にしろ。誰か医務班を呼んでこい」
中隊長の見たことのない姿にあっけに取られていた者も、その指示にはっとなり、見よう見まねで同じように外套を脱いだ。やがて、橋田兵長の顔に赤みがさし、峠を越えたことが知れた。
「すみません、大事な対抗戦前なのにこんなことになってしまって、申し訳……」
必死に謝る橋田だったが、そこでまた吐き気に襲われて黙ってしまった。
「いい、いい、話さなくていいから、いまは胃の中の物をすべて出すんだ」
梶山少尉はそう語りかけて背中をさすった。
「被害は何名だ」
手を拭きながら訪ねる田実大尉に、中隊専任が答える。
「全部で一五名に症状が表れました。その内の五名が、一時意識が混濁致しましたが、何れも回復し始めています」
「そうか」
中隊長の眉間に刻まれた、深い皺の本当の理由を知っているのは梶山少尉ただ一人だった。その頃になると、三々五々、救護班が担架を持って駆けつけてきた。
「お前を介抱してくれたのは中隊長殿だ。後でちゃんとお礼を言っておけよ」
担架に乗せられた橋田兵長に、梶山少尉がそっと打ち明けた。
「中隊長殿……ですか」
橋田が驚いたのは、介抱の事実もさることながら、梶山少尉が中隊長に対して「殿」と言ったことの方が大きかった。いつもは、田実大尉にそんな尊称を付け足しはしなかったからだ。そのことに、当の梶山本人は気が付いてなかった。
担架で運ばれる途中、心配そうに覗き込む田実中隊長に対して、橋田兵長はか細い声で介抱の礼と対抗戦に出られないことに対して詫びを入れるのを、中隊長は手で征した。
「後のことは心配せずに、今は養生することだけを考えろ。まだ開発は続く、これで終わった訳ではない。やって貰うことは山と残っているからな」と言って励ました。そして、「すまん」と頭を下げた。
中隊長から受けた始めてとも言える励ましの言葉に、橋田兵長は素直に感動した。感動の余り、最後の謝罪に気がつかなかった。
梶山少尉は、事態が一段落ついて辺りを見回す余裕ができた。
不幸中の幸いと言うべきか、整備の兵や技官達は、その殆どが試製一〇式歩機の整備と対抗戦の準備に掛かりきりだった為に副食に手を付けていなかった。したがって、被害の大半は手空きの兵隊達で済んだ。それでも歩機操縦者の橋田兵長が欠けたのは痛い事実だった。
そのとき、持田技官が顔面を蒼白にして梶山少尉の前に姿を表した。
一瞬、食中毒かと驚いたが、そうでないと分かりほっと胸を撫で降ろす。歩機開発の最初期から参加している彼に、現場から離れられるとかなり厄介なことになるからだ。
「持田、よかった、貴様は大丈夫だったようだな」
だが、持田技官は相変わらず苦渋をため込んだような表情のままだった。
「やられた」
持田技官がぽつりという。
「ああ、副食でこんな被害がでるとは思わなかった」
梶山少尉は辺りを見回す。
彼は本当のこと、つまり中隊長や宮田中佐の関係、そして副食に何かを混入された疑いが濃厚なことを黙っていた。知らせても何も益にならないと判断し、原因を知らせないと心決めていた。
だが、持田は以外なことを口にする。
「そのことじゃない、真空管がやられたんだ。電算機の真空管が駄目になっている」




