第21話 実演開始当日 ── 田実中隊長の懇願 ──
田実中隊長が続ける。
「そのことを踏まえて、一つ教えてやる。奴等は歩機を完全に葬り去るつもりはない。開発を遅らせて陸軍の継子にしたいのさ」
「なぜそんなことを」
「歩機が有用と分かったら、軍の主幹部隊になると恐れているからだ」
それを聞いた梶山少尉は、とんだ言いがかりだと思った。
「あれは歩兵の支援用に考えられています。ですから、あれが役に立つと分かっても、それは全歩兵の為であり職分は守られる筈です」
「ところが連中はそうは思わないんだ。お前も知っていようが、いま激しい軍縮の嵐が吹き荒れている。歩兵師団を現在の半分にする意見もあるほどだ。そこに現れたのが歩機だ。数の劣勢を補える可能性を秘めているから、歩機の完成度が高まれば、軍縮が加速するのは確実だと思い込んでいる」
軍縮の話は梶山少尉も当然聞いていた。
士官学校同期の大半が歩兵科に行ったので、ここ最近は会えばその話ばかりしていた。皆、明日は解隊の憂き目を見るのではと心配している。
それに軍縮と軍の機械化は同時に行われるのが常であり、歩兵を減らして戦車隊や航空機隊を新設するのがこれまでの流れだった。だから歩機の有効性が認められれば、必然的に軍縮は加速して歩兵科は縮小されるものと予想された。
「ならば、なぜ開発中の歩機そのものを葬らないのでしょう。妨害だけなら、やがて完成することだけは確実ですが……」
梶山少尉の疑問は当然だった。そして、──これだから陸軍は。と毒づきたかった。
「背景には世界的な歩機開発競争の激化があるだろう。まったく何もしないで、後に必要となったら目も当てられない。そういった懸念も同時にある」
その話には納得が行った。
今や、英の歩機、米の歩戦車が世界の最先端をひた走り、独を始めとする他国がそれに追従していた。そして日本も開発自体は早く、早々に七式歩機の開発と配備を行ってはいたが、様々なことが原因となり、後継機種、つまり試製10式の開発に遅れが見え始めていた。とは言っても挽回できない程ではなかった。ここで開発競争に追い付いて置かないと、後では難しくなる。
「成功して軍の主流になってもらっては困る。さりとて、妨害し過ぎて世界的な潮流から取り残されたくはない。だから管理下に置いて、飼い殺しにして置きたい。つまりそう言うことですか」
組織の保身の為なら自軍の妨害まで辞さない。なんていじましい連中だと、梶山少尉は呆れ果てる思いがした。
「だから奴等を無視しろ。宮田のような奴は、組織が産むんだ。一人二人排除しても、また直ぐに代わりが現れるだけだ」
その弁は分からないでもないが、承伏しかねた。今は飼い殺しで済んでいるが、将来もそうだとは確証はない。
そのことを考えて黙っていると、察した田実大尉が血相を変えた。それまで冷静だった彼が、梶山少尉の肩を掴んで必死の形相で訴え始めた。
「云と言え。そして今までと同じように仕事を続け、俺の無能ぶりを証明し続けるんだ。皮肉なことに、俺が妨害している間は部隊は安泰だ。だから黙って開発を続けろ。そして頼む、妹を助けてくれ」
最後の言葉を聞いた瞬間、梶山少尉は、はっとした。開発の騒動には、中隊長の妹までが巻き込まれていたのを思い出したからだ。自分に責任がないとは言え、一人の人生が大きくのしかかって来ていた。
「お前にこんなことを頼むのは筋違いなのは分かっている。だが道理を曲げて懇願する。あいつが不憫なのは俺のせいなんだ、だから護ってやるんだ。頼む、妹を助けてやってくれ」
肩を掴む両手に力が籠り、外套の肩が破けそうだった。梶山少尉の人生で、これほど必死の形相の男を見たことが無かった。
どのくらいそうして居ただろうか。やがて大尉の拳から力が失せ、肩から手を離した。そして、うな垂れて、「頼む」と弱々しく呟いた。
少尉には、もうどうすることも出来なかった。何かがおかしい、間違っていると頭が混乱してはいたが、ただ今の状況を受け入れるより他に道はなかった。
やがて二人の脳裏に、ほぼ同時にそれまで忘れていたことが思い出される。
中隊本部の方角から騒ぐ声が届いたからだ。
それを聞きつけた両名は、互いに顔を上げて見合った。
「いかん」
二人は同時にその言葉をはいた。
そして、どちらともなく駆けだした。




