第2話 実演開始当日 ── 試製一〇式装甲歩行機・諸元 ──
「それはご苦労様です」と、梶山はまずは労をねぎらう。
そしてその後に本題を述べる。
「それにしても、今日は総合運用試験の最終日ではありますが、機器の授受は後日でも構いませんでしたのに」と。
そこまで言うと、清水技官は頭をかきながら、照れくさそうに笑みを浮かべて見せた。
「じつは実演を見学させて頂きたいのです」
まずはそう言った。
そして、「委託された仕事を置いて物見遊山で来ることに抵抗がありまして、機器を完成させようと徹夜の連続でやっと間に合いました。ですが、一時も早くお届けしたかったのは本当です。それに手抜きは一切しておりません。機器を使用したら分かっていただけると確信しております」と言葉を選ぶようにして理由をのべる。
そう上目遣いで申し訳なさそうに語る清水を見て、──ああ、やっぱりそっちが本題か。と思った。
実演を見学したいからこその、この日この時間を選んだのだろう。
でも梶山少尉は、それで追い返すように人物でもない。
「それは本当に有り難うございます。でも、開発に携わっておいでなのですから、そこまで気を使わずとも幾らでも見学にいらしてください」
ところが、清水技官の要件はそれだけでなかった。
まだ肝心なことが残っていたのだ。
さらに言い辛いことが残っている。
「あの、厚かましいようですが、見学したいのは私だけでなく、同僚もなんですが……。いえ、あの、まったく無関係と言う訳ではなく、今回の作業を手伝ったので、是非、機体その物を見たいと申しております。はい」
そこまで聞くと梶山少尉も苦笑せざるを得ない。
まだ期日に余裕のある委託作業を急いで仕上げたのも、集団で見学できるように間に合わせたに過ぎないという気がしてきた。
とはいえ、機器を持ってきたことは事実に違いなく、無碍に追い返すことはできなかった。
ほとんど無関係に近い高官が訳も分からずに来ているのだから、それに比べて数名ほど見学人数が増えたところで差し支えはないと思えた。
「了解しました。同僚の方は何処に居られますか。ご案内しますから、こちらに呼んで下さい」
清水技官がくど過ぎる礼を述べて指さした方角を見て、梶山少尉は今度こそ呆れ果ててしまった。
というか驚いた。
なぜなら、そこには、海軍の旗章がついた自動貨車が二台、端の方に停車していたからだ。
その段になって梶山少尉は、東京の通信試験場は確か通産省の所属組織ではあるが、主に海軍の開発を支援していることを思い出していた。
かつては陸軍の開発を一手に引き受けていたのだが、現在は海軍の開発の方が増えていた。
陸軍が民間企業と東北大学に開発の主軸を移していたからだ。
──何も海軍の車で来ることはなかろう。隊の留守を預かる者に頼めば断るはずはないんだ。何しろ、実演参加したかったのに部隊に残留を押し付けられた奴ばかりなんだからな。そんな連中に機器輸送を依頼すれば、一も二も無く車を供出するだろうに。
そんな梶山少尉の心の内を知ってか、清水技官は目を泳がせながら弁明を始める。
「いやあのほんと、すみません」
まずはそう言った。
その後に、「課のほとんどの者が見学を希望していまして、それに陸軍とはあまり馴染みがないものですし、中隊に問い合わせても梶山少尉はとっくに富士へ向かったと聞きましたので、無理言って旧知の海軍部隊に移送をお願いした次第でして」
そう申し訳なさそうに言う彼を前に、梶山少尉は上司にどう許可をとろうか思いあぐねていた。
──付き合いの浅い技官集団と海軍の見学許可か。秘密保全もあったもんじゃないな。
彼でさえそう思うのだから、他の者なら余計にそう感ずることだけは間違いなかった。
その後、梶山少尉は中隊上司から見学の快諾を得たものの、中隊長からは、曖昧な、それでいて迷惑そうな返事を何とか貰い、さらに師団幹部、そして二課長と参謀を説得し、さんざ嫌みを言われた後に渋々と見学許可が下りた。
その間にも各部所から問い合わせが殺到し、それらを処理している内に実演の開始時間が近付いてしまった。少尉は段取りが大きく狂ったことに悪態を付きながら、外套をはためかせ、大急ぎで実演の主題である試作兵器の元へと向かって行った。
機体は整備作業も可能な巨大な天幕から引き出され、脇に停車してある牽引台車の上に据え置かれていた。
今日、公開実験演習で試験される試作段階の機体に、まだ正式な名称は付いてなかった。
試製十式装甲歩行機が当面の呼称で、正式に採用が決定した場合に“試製”が外される。
装甲歩行機とは操縦装置で稼動する人型戦闘機械の通称で、正式には走行装置が二本脚の場合に限られた。走行装置が二本以上の多脚になると歩行戦車と呼ばれ、それぞれ“歩機”“歩戦車”と呼称されるのが一般的だった。
試製一〇式の名が示すように、昭和二五年に運用試験が開始された陸軍最新の歩機だった。
それ以前は七式装甲歩行機を開発・配備してはいたが、陸軍最初の開発機体なだけに色々と不備も目立ち、七式の採用直後に試製一〇式の開発が始まった。
今日の実演はその総仕上げであり、これで不備がなければ増加試作を経て量産型へ移行することになる。
試製一〇式は全高約四メートル、戦闘重量九トン、前面装甲は二〇ミリに達した。
装甲板だけを見ると陸軍の代表的な九五式軽戦車の車体前面一〇ミリに比べて重装甲に思えるが、それは操縦席前面の一部でしかなく、側後部は一〇ミリに満たなかった。
そして動力脚には申し訳程度の装甲しかなされておらず、動力腕に至っては皆無に等しかった。これはつまり脚移動のためにあまり重装甲を施せないことからくる苦肉の策だった。乗員を守る前面になるべく装甲を集中させて、残りの部分は砲弾の破片避け、および小火器の銃弾を防ぐといった感じだ。
固定武装は一切なく、任務に応じて五式(改九二式)重機関銃、五式二三ミリ狙撃自動砲、六式四七ミリ自動砲、七式一六〇ミリ噴進砲を選択装備し、胴体上部には九七式七・七ミリ車載機関銃を始め、背面には大型噴進砲の発射機を装着できた。ちなみに噴進砲とは、ロケットの和名である。
外形は鎧武者を装甲板で被ったような姿をしており、全体的に厳つく角張っていた。ただし、歩機の頭脳である操縦者と電気計算機は機体胸胴部にあり、したがって顔となる頭部はなかった。




