第18話 実演開始当日 ── 中隊長と宮田中佐の関係 ──
梶山少尉が退出するのを見届けた後、力無く据わり直す田実大尉に向けて、宮田中佐がぎろりと睨みつけて言った。
「おい、突然あいつが飛び込んできた時は正直驚いたぞ。もっと部下の行動を監視しとけ」
それまで俯いてただ黙って話しを聞いていた田実大尉が、上目で睨み返す。
「俺は言われただけのことはしている。それに、職務を果たして居るだけの者に、そう何でも禁止ばかりはしてられんよ。あんたの様に善人を装って人を騙すのは得意じゃないんでな」
吐き捨てるように言う田実大尉を、宮田中佐はさらに睨んだ。
「貴様の役割を忘れた訳ではあるまい。機甲と歩機を対立させ、どちらかが台頭するのをなんとしても防ぐんだ。軍の主流はあくまでも歩兵であって、新参者にその場を開ける訳にはいかんのだからな」
中佐の弁は先程とは打って変わり、組織防衛の悪意に満ちていた。それを聞いた田実大尉は、口の端を歪めて冷笑していた。
「俺の役割? ふん、忘れちゃ居ませんよ。でなければ、部下から無能者なんて陰口を叩かれたりしませんからね」
そう嘆く顔には、諦めと虚無、そしてやるせない感情が見え隠れしていた。そして「貴様もやってみろ」と小さな呟きを漏らした。
「そう腐るな。ま、煙草でも吸うか」
田実大尉は差し出された煙草を無視し、俯いたまま外套の内懐から自分の煙草を取り出し、そして火を着けた。無視された宮田中佐は、「ふん」と小さく鼻を鳴らし、自分も一本くわえた。
紫煙が天幕の中を漂い、無言のまま時が流れていった。
しばらくそうした後、不意に宮田中佐が口を開く。
「妹さんの結核はどんなだい。良くなっているのかな」
端から聞いたら、それはただの容態安否の確認でしかない。
大病している個人の、その経過をたずねているだけである。
だが、その言葉に田実大尉の体がびくっと反応し、煙草を持つ手が小さく震えた。
「陸軍病院に入ったばかりの頃は絶対安静だったが、最近では面会も出来るまで回復した」
そう吐き出すのがやっとだった。
それを聞いた宮田中佐が笑みを浮かべる。
「そうか、そりゃあ良かった。いや、俺も病院の手配をした手前心配でな。なんでも、散策程度ならできるそうじゃないか」
田実大尉は、その言葉の中に幾つもの含みを嗅ぎ取った。
──こいつ知っているじゃないか、知っていて聞いている。理由は分かっている。俺は全てを監視しているぞと言いたいんだな。
それでも田実大尉は黙っていた。その変わりに宮田中佐が続けた。
「あの重度の結核がたち所に治っちまうんだから、軍用のストレプトマイシンは良く効くだろ。なんでも、民間では一回の使用分で一ヶ月の給料でも足りないと言うじゃないか」
白々しいことをと、田実大尉は心の奥底で毒づいていた。
妹の入院と引き替えに、歩機開発の妨害を依頼した張本人の一人が、目の前に居る宮田中佐だったからだ。
今まで部下の提言や意見具申を退けてきたのも、全て彼らの指図だった。こんな汚い職務なぞ、全て放棄したい感情に捕らわれることも幾度となくあった。ただ、娘と面会して喜ぶ妹の顔を思い出す度に、その気持ちを鎮めてきたのだ。
そんな大尉の心の内を知ってか知らずか、中佐は笑みを浮かべて揚々と語り続けた。
「それに妹さんが浅草の置屋に居た頃から知っているし、世話になった間柄でもあるので見て見ぬ振りはできんかったよ。幹部にもお世話になった者は多いので、是非助けてやって欲しいとの要望がしきりとあった。でも、美世、いやそれは源氏名で、たしか本名は優子といったか。置屋時代のことを子供は知らないんだってな。もっとも、父親すら定かではないそうじゃないか。もしかしたら我々の誰かかも知れない……」
「貴様、いい加減にしろ!」
身体をわななかせてただ黙って聞いていた田実大尉だが、話しがそこに及ぶと大声と共に立ち上がった。
「言いたいことは分かっている。妹が完治するまで入院させたかったり、子供に過去を知られたくなかったら要望を飲めと言いたいのだろ。それなら大丈夫だ。無能者、下種と罵倒されるくらい、なんでもない」
その言葉、その声色は怒気をはらんでいる。
普段の中隊長としての田実大尉を知る者からしたら別人だった。
いや、実際に、もうそれはさっきまでの媚びへつらう昼行灯の姿ではない。




