第17話 実演開始当日 ── 状況の打開 ──
「なるほどな」
時間を置いて、宮田中佐が重々しく口を開いた。
そして、「随分と込み入った事情があるもんだな」と続けた。
「ええ、事態は複雑です。それに感情も入り交じっています。これまで昼間での模擬戦では、歩機と戦車の優劣は着きませんでした。状況により一進一退といった所です。だから夜戦での遠距離砲戦が、優劣の焦点となりました。我が方がいくら状況の見直しを要請しても、機甲科幹部は頑として首を縦に振りません。ですから歩兵を不参加にして、事態の打開を計りたいと思います。あえて言いますが、歩兵が邪魔だと言っているのではありません。歩兵を無用の危険な任務から解放するが為に、歩機を開発するのであると明言致します」
この要請には幾つもの賭けが含まれていた。
演習状況の変化によって少しでも不利を減らしたかったし、それによって戦車が望む状況から逸脱したかった。だが、一歩間違えば、歩兵閥に無用の警戒を抱かせることにも成りかねなかった。何しろ、歩兵が要らないと言っているようにも聞こえるからだ。
だから賭けだった。そこまで梶山少尉と試製一〇式歩機は追い詰められていた。
宮田中佐は難しい顔を保ったまま、黙りこくった。言うべきことは殆ど述べた。後は、待つ意外になかった。
「さてと、どうしたしたもんかな」
その発言に梶山少尉の体がぴくりと反応した。田実中隊長も同じように反応したのが面白かった。
「お前さん、たぶん歩兵科が感情を害するのを承知の上なのだろうな」
鋭い洞察だった。
無論危険は承知の上だ。
しかし、このまま機甲科に頭を押さえつけられているよりも、対抗戦に勝利して実力を認められた方が何倍も発言力が増す。こと此処にここに至っては、手段を選んでは居られなかった。
「これでも自分は歩兵科でな」と言って、宮田中佐は腕を組んだまま指先であごを掻いた。ただ批判めいた雰囲気ではなかった。
「だから科の性格を良く知っているが、まあ、融通の効かない組織なことは認める。でも、そんな詰まらん感情に左右されるよりも、歩機の能力に賭けてみようとする気構えは、一軍人として認めるにやぶさかではない」
「では……」
梶山少尉は、ことの成り行きが自分の思い描いた方向に動き始めている感触を感じた。
いけるかも知れない。
そんな予感が去来する。
そして、ついに、待ち望んでいた言葉を引き出すことに成功する。
「ああ、夜間の実演では、歩兵を不参加としよう。これは判定官長の決定として正式に伝える。ただ誤解しないで欲しいのは、この決定は君を利する為ではない。あくまでも陸軍全体を考え、歩機の実力を見極める為に行うのだ。その目的から逸脱するようならば、たとえどんな正当な理由でも許可は取り消す。それで良いな」
勿論、それで異論があろう筈がない。第一、当初の目的が正にそれだったからだ。
「ありがとうございます。では早速ですが、この決定を制式な通達として文章にして欲しく要請致します」
梶山少尉は今にも飛び上がって叫び出したい衝動と戦っていた。
「了解した。機甲科への通達は俺の方からしておいてやる。貴官ではまたこじれるだろうからな。他に何かあるか」
「以上です。部隊に戻り準備に取り掛かりたいと思います」
「後に通達を寄越すから、細部の調整はそれを見て行ってくれ。では、行って良し」
それを合図に梶山少尉は勢いよく席を立ち上がり、深々と脱帽時の敬礼をしたあと、踵を返して立ち去った。
それまで一切口を挟まなかった田実中隊長ものそり立ち上がり、無表情のまま立ち去ろうとした。
「田実大尉は残って頂けますかな」
そう宮田中佐が言うのを、去りかけた梶山少尉は後ろで聞いた。
そのことに対して余り深い意味はないと、その時は思っていた。
嬉しさの余り、それ以外の言葉や状況に思い居たる、ある意味、心の余裕がなかった。
今はただ、対抗戦が自分の望む方向に動き出したことに胸が高まっていた。




