第16話 実演開始当日 ── 開発の混乱原因 ──
「つまり話しを続けてよろしい……と、言うことでしょうか?」
梶山少尉が恐る恐るたずねる。
「無論だ。だがまあ、立ったままではなんだろうから、お二人とも手ごろな椅子にでも腰掛けたら如何ですかな。今、従兵にお茶を入れさせよう」
天幕の中には、野戦用の折り畳み椅子が幾つかあった。梶山少尉はその内の二つを自分と中隊長の為に用意し、そして差し出された茶をすすった。
「さてと、どこまで聞いたか」
「開発の件です」
「ああそうだったな。さて、夜間の部まで二時間近くはある。じっくりと聞かせてもらうとするか」
そう宮田中佐が言うと、田実中隊長の顔がしかめたのは、お茶が渋いだけではなさそうだった。梶山少尉は再び口を開いた。
「開発への横槍は多少覚悟していましたが、実際には予想を遙かに越えるものでした。これは人型兵器という、どこか親しみ易い部分の存在が影響していることと思います。ですが、それだけでも厄介であるのに、歩機の携行火器にまで注文が付き始めました」
そこで言葉を切って、湯呑みに口を付けた。温めの茶が咽に心地良かった。
「ご存知のように、多用途性は歩機最大の特徴です。試製一〇式は以前の型よりも様々な点で新しい試みを取り入れたので、将来に向けて携行機器の開発も併せて行っていました。しかし、本来の計画では機体の完成を優先させ、携行火器の類は後になる予定でした」
この混乱の背景には、軍が歩機の運用に定見を持たない所に原因があった。
開発陣は機体の方向性を先に決定し、機体さえ完成したら火器などは旧式で構わないと思っていたのだ。部会発足前の研究会の段階からそう決定され、企画に文言として盛り込まれていた。
それに旧火器式といっても、それは新規に作り直さないと言うだけでのことでしかなく、現在も使用している七式一六〇ミリ噴進砲などはまだ最新といっても良かった程だ。もちろんそれでも充分に強力であるし、新しい火器は使用実績や戦訓を取り入れて、じっくりと開発する予定だった。そしてその方が初期予算のほぼ全額を機体に回せるので充実した開発ができると期待され、一連の決定はそれほど悪いものではない。
「それが狂い始めたのは、開発部会が正式に発足して、序々に参加人数が増え始めた頃からでした。日々仕様が変更され、何度も設計のやり直しを余儀なくされました。一応、正式な部会の要請ですから予算の増額は認められましたが、それと同時に開発技術者が不足するという深刻な問題が発生してしまいました」
そこで一旦言葉を切り、天幕の隙間から外を見た。だいぶ日も傾き、天幕内では薄闇が忍び込んできていた。従兵がランプに火を灯し、消えかかっていた炭火に新しく熾した火を足して退出した。
梶山少尉はなおも続けた。
「開発日数が延長し、結局開発費は膨大なものとなりました。一応、量産型では一機あたりの価格は抑えられる予定ですが、開発費の高騰は模擬戦の様相を変えました。それが……」
「歩兵を交えた模擬戦へとつながる訳だな」
受け取ったのは宮田中佐だった。彼も部会に参加はしていたのだが、それはあくまで演習の段取りの為であり、開発には口を挟んだことはなかった。
「模擬戦は試製一〇式の能力限界を試験するためでしたが、やがて参加する戦力を機体単価で決定することになったのです。つまり費用対効果の優劣を判定すべしという意見に摩り替わってしまったのです。さらに参加兵力が増大するとに併せて歩兵を交えた対抗戦へと発展致しました。これでは当初の試験目論見からは逸脱しています。そして夜間演習に歩兵を交えると不測の事態を招きかねないとして、彼我の移動範囲を制限し、接近戦を許さず限定的な範囲内で撃ち合うこととなりました。単純に言ってしまえば遠距離砲戦ですが、これでは本末転倒です。歩機は歩兵の変わりに挺身攻撃を行うように開発されているのに、演習に歩兵を参加さる為にその汎用生の発揮と使用火器を制限させられました。もちろんこれは機甲科からの提案です。そして我が隊は、その意見に押し切られて今日に到ります」
宮田中佐は腕を組んで考え込んだ。田実大尉は腹の上で両手を合わせ、虚ろな目でただ黙って話しを聞いていた。何を考えているのか伺い知れないが、会話に参加する気がないのは確かだった。




