第12話 実演開始当日 ── 拠点攻略・速射砲制圧 ──
残るは丘の周囲に散在する速射砲陣地のみになった。
ただし、剥き身のこれら陣地に対して、狙撃は出来なかった。幾ら演習弾とは言え、人間に当たったら怪我などでは済まないからだ。
煙幕により各拠点が孤立したままトーチカが沈黙させられたことに、各砲の操作分隊は動揺を隠せなかった。彼らは橋田兵長の狙いを察知し、そして次に狙われるのは自分達ではないかと想像するだけで気が焦り始めていた。
この状況を作り出した橋田兵長は、まだ若いのに老練な戦を仕掛けたといえた。そして緊張が陣地全体を覆い、それが頂点に達したとき、突如、噴進砲の発射音が鳴り響いた。
歩機から発射された噴進砲弾は、弧を描いて陣地後方に着弾しただけなのだが、緊張しきった兵士に効果的だった。
「撃てっ」
たまり兼ねた一人が、目標を視認せずに速射砲の発射命令を下してしまった。
演習用の曳光弾が砲口を飛び出し、白煙の中に蛍光色の尾を曳きながら飛び去って行った。
もちろん命中はしない。
だがそれを合図に、各射陣から一斉に射撃が開始され、火薬の匂いと騒音が辺りに立ちこめた。射撃命令は、どうせ視認できないのであれば撃ち続けて濃密な火網によりすくませてやろうという判断だった。その内に煙も吹き払われ、歩機が露わになった瞬間に狙い定めた射弾を撃ち込めばいいだけと思っていた。悪い判断ではない。だが、勘の鋭い幾人かの古参兵士は、それが対戦相手の意図ではないかと疑い始めていた。
「撃ち方止め。撃つの止めんか、馬鹿者供」
そう指揮官が叫ぶものの、射撃は容易なことでは収まらなかった。
その間、歩機はかなり接近し、陣地に肉薄していた。
実は、トーチカを撃破した後にもう一発九式地雷原開設噴進砲弾を発射して地雷原に別路を確保していたのだった。先ほどの噴進砲弾はそれだった。
試製一〇式歩機は陣地に肉薄し、姿勢を低くして一番近い速射砲を目測で測っていた。
──距離は五〇メートルといった所か。自動砲だと歩兵に怪我させるし、機銃ならもっと肉薄しないと……あれでやるか。
橋田兵長は機体に取り付けられた梱包爆薬を左部動力腕に装着させた。それには操縦者の手作業を要した。
まだ動力腕の動作だけで機体に取り付けられた物品を取り出すような細かい動作は苦手としたからだ。出来ないこともないが時間がかかり過ぎる。したがって機体左右の乗降口から操縦者が半身を乗り出し、動力腕に装着させる作業を行わなければならなかった。その後に打鍵式の指示装置に投擲距離を入力し、電気計算が終わると同時に動力腕が作動し、梱包爆薬を陣地に向かって投げた。
計算速度を別にすれば、指示装置と機体の連動はかなり満足する結果だった。橋田兵長が風による修正を加えとは言え、梱包爆薬は目標とした速射砲の真横、5メートル以内に着地した。
「!」
爆薬を最初に発見した歩兵は、一式機動速射砲の挿填手を勤める新兵だった。彼は驚愕のあまり硬直し、報告も出来ずに爆薬の発火具から立ち登る煙をただ見つめていた。一瞬の間を置いて異変に気が付いた照準手は、とっさに状況を判断し、新兵をかばうように覆いかぶさった。
「ばかやろ、伏せろ」
その言葉を合図に、砲を操作している分隊員は、皆、壕の底に伏せた。瞬間、梱包爆薬は、小さなそして乾いた音を立てて炸裂し、石灰の粉を半径数mの範囲にわたって飛び散らせた。
砲も操作員も白粉にまみれ、その瞬間、この分隊の活動は停止した。石灰の粉は爆発の範囲と威力を示すものであり、これが付着すると判定官の裁定を待たずに無条件で撃破扱いになった。
そして射陣の一角が崩れたと見るや、橋田兵長は歩機を起こし、陣内に機体を突入させた。各砲が散り始めた白煙の中で異変に気が付いた時には、既に遅かった。泡を食った各砲は、急いで向きを変えて侵入してきた試製一〇式歩機に対して発射するのだが、狙いの定まってない弾に命中も期待できず、ただ曳航弾の帯を白煙の中に吸い込ませるだけだった。
橋田兵長は小回りの効く機体を縦横に駆け巡らせ、端から五式重機を撃ちまくった。
その度に判定官が赤い旗を振りながら、拡声器で「五番砲分隊被弾、活動停止。同じく二番砲分隊被弾、活動止め」と叫んでいた。
中には本当に聞こえないのか、それとも無視しているのか分からないが、判定を無視して活動を続けようとする砲もあった。
「こら、四番砲分隊、聞こえんのか。直ちに活動を止めんか」等と罵声を浴びている分隊もあった。
気が付いて見ると、歩機を射撃可能な砲は全て沈黙し、砲の周囲にはふてくされた兵士がたむろするだけだった。残るは丘向こうに残された僅かな砲のみとなり、その段階で歩機の勝利は揺るぎないものとなっていた。




