2-16 ホワイトデー恋想曲 最終章
「壁ドン?」
壁ドンってあれか。壁に手をついて、女の子を囲むようにして迫るやつ。
高橋さんからのお願いは「壁ドン状態で告白を受けたい」という、極めて乙女チックなものだった。あれって、実際にやる奴いるの? 少女マンガや恋愛ドラマ限定のファンタジーだと思ってた。
「ダメかな? ダメだよね。気にしないでいいから」
ちょっと半泣きになりかけている高橋さんを見て、それくらい叶えてあげなきゃ男じゃない! そう考えを改めた。
「いいよ、壁ドン。やったことないから、上手くできるかどうか分からないけど」
「武田くん、いいの?」
「うん。じゃあ、良さそうな『壁』を探そうか」
何しろここは温室の中。周りは植物が生い茂っている。よさそうな壁は……。
《主人公補正「壁ドン!」インストール終了しました。いつでも実行できます》
……いきなりきたよ。なんのインストールかよく分からないが、これで、勢いでやっても失敗しないで済むってことかな、きっと。
そう大きな温室でもないので、しっかりした壁らしい壁は残念ながらなく、白く塗られた支柱の入った強化ガラスで妥協することにした。
「ここでいいかな?」
「うん」
高橋さんが、やっと聞き取れるくらいのちっちゃな声で返事をくれた。
「じゃあ、ここに立ってくれる? ガラスに背をつけて」
腕の長さがこのくらい。ってことは、立ち位置は……このへんかな?
「じゃあ、行くね」
高橋さんと向かいあって、彼女の頭のちょっと上辺りのガラスに片手をつく。
近っ!
それなりに身長差があるから、上半身を覆い被さる感じで彼女を見下ろす。華奢なんだな。すっぽりと腕の中に入っちゃう。
「高橋さん、告白ありがとう。凄く嬉しかった。俺と付き合ってくれる?」
「……シズって呼んで」
「シズ」
「本当に私でいいの?」
「うん」
上目遣いで見上げてくる目はもうウルウルで。
「好きって……好きって言葉を……もらっても……いい?」
気のある女の子に震え声でそう頼まれて、断われるわけがない。
「シズが……シズのことが好きだ」
「あ、ありが……」
うわっ。泣き出しちゃった。どうしよう。
高橋さんはボロ泣きで、ちょっと落ち着くのを待ってから、青い石のついた星のペンダントをつけてあげたら、またボロ泣きで。
「わた、私、本当にこれをもらっていいの?」
「もちろん。イニシャルが入ってるから、裏を見て。結星のYとシズのS」
「……本当だ。武田くんと私のイニシャ……嬉しい」
そんなに泣いたら目が腫れちゃうよ。って言ったら、ぶちゃいくだから見ないでって、顔を隠されちゃった。
お付き合いか。告白だけでこれなら、デートとなったら、俺もいろいろ学習しないとダメそうだ。
《主人公読本「恋の指南書」を日記帳に追加することが可能です。実行しますか?》
……君。最近、遠慮なく出てくるね。かなり助かってるけど。それ、実行よろしくお願い。
《承知しました》
◇
早いものでもう終業式。
「これでようやく春休みか」
「スキー、楽しみだね」
北条主催の企画スキーには、A組からは俺と結城。C組男子は三人全員が参加することになった。
「結構大人数になったから、賑やかで楽しいと思うよ」
「今回、女性は年上ばかりなんだよね?」
無料とはいえ、ちょっとそこが気になる。
「うん。立花さんだけかな、同じ年齢は」
「それって、お見合いみたいな感じなの?」
「ううん。そこまで重くない。合コン的なノリになると思う。女性は社会人が多いから、それほどゴリ押しはしてこないはず。たぶんね」
「俺は男子とだけ遊ぶから」
そこで結城が念を押すように口を挟んだ。
「うん。結城はそれでいいよ。事情はお姉さんたちから聞いてるから」
事情?
「結城、何かあるの?」
「えっと」
ちょっと訳ありなのか、北条が珍しく言うのをためらっている。聞いちゃダメだったかな?
「隠すほどのことじゃないからいいよ。俺さ。ぶっちゃけると、今、縁談が来てるんだよ」
「縁談って、あのお見合いとかそういう縁談?」
「そうそれ。それも入り婿の」
入り婿っていうと、今川くんみたいな結婚か。
「受ける気はサラサラないんだけど、相手が西日本の格式の高い神社で、すぐには断れない。だから、様子見中なわけ」
「様子見中っていうと?」
「その気がないアピール。でも、さすがに当てつけみたいに恋人を作ったり、婚約したりはできない。世間体的に」
「もしかして、それがホワイトデーで全員断っちゃった理由?」
「そう。縁談話が来たのがバレンタインデーが過ぎてからで、タイミングが悪いったらありゃしない」
結城に断られた女の子たちは、全滅ってことで、かなりショックを受けてたっぽいもんな。
「入り婿って条件なら、バレンタインデーであてにしてた誰かにハッキリと断られて、慌ててホワイトデー前に話をねじ込んだのかもね」
「ありうる」
「というわけで、俺はお付き合いも結婚もできないという事情を当面抱えているから、武田、よろしくな」
俺? 何をよろしく?
「そんなこと言ってると、武田の彼女たちに呪われちゃうぞ」
「いやあ。武田のスペックなら、まだまだいけるでしょ」
いや。三人で手一杯。何もかも初めてで、そんなに余裕があるわけがない。
こうして、それぞれの事情を抱えながら、俺たちの高校二年生の学校生活は幕を閉じた。
……忙しかったけど、楽しかったな。可愛い彼女が三人もできたしね。
嫁候補たちが決まったところででひと段落。
日頃、応援下さっている皆様には大感謝です。執筆モチベーションを保てているのも皆さんのおかげです。
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