86話 黒板消しの悩み
※前回までのあらすじ
ファラリスの雄牛とスイングカッターを設置した!
通路にスイングカッターを設置した。
侵入者を感知するとメダマンがスイッチを起動。
壁の中から現れた大鎌が、振り子の原理で敵を襲う仕掛けだ。
罠が発動すれば侵入者は当然、前、または後ろへ避けるはずだが、反射的に避け易いのは前だ。
前に向かって歩いていた動作を急に後ろ向きへ変えるより、運動の方向がそのままの方が素早く反応し易いからだ。
寧ろ後ろに避けるのは恐れからくる心理的なものなので素人とも言える。
さて、スイングカッターで前方へ避けさせられた侵入者は、小部屋の中へと入り込むことだろう。
そこで正面の最奥に待ち構えているものが……。
「これだ」
ドンッ
俺は新しい罠、大弓を合成して取り出した。
重そうな台座に大型のクロスボウが据えられているような形をしており、見るからに兵器として強力そうだ。
こいつのレシピ自体は前から持っていたんだけど、素材が足りなくて作れないでいたんだよなー。
でも、ちょっと前に拝借させてもらった。
トントロの髭を引っ張った際、数本抜けたグーランの髭。
それが、この大弓の作成に必要な素材だったのだ。
「これはまた、大きな弓ですね」
アイルが物珍しそうに大弓を眺める。
「これでスイングカッターから逃れるように小部屋に入ってきた勇者を狙い撃ちにするわけですね」
「うん、その通り。小部屋に入った途端、正面からこれを撃たれたら高確率で左右に避けるはずだからね。そこにあのファラリスの雄牛が入った落とし穴があったら……」
「見事に嵌まって、勇者の丸焼きの出来上がりですね♪」
「そ……そうだね」
まるで豚の丸焼きみたいな感覚で言われると戸惑う。
「では、反対側にももう一つファラリスの雄牛を置かないといけませんね」
「あ、左右同じ罠じゃ詰まらないから、そっちは違う罠にしようと思う」
意外だったようでアイルは「えっ」という顔をしていた。
違う罠にするのは実験の意味合いも大きい。
出来るだけ多くの罠を侵入者に使ってみて、実際のデータを収集したいのだ。
俺はファラリスの雄牛を仕掛けたのとは反対の方向へ進むと、そこの床に落とし穴を掘り、内部にトゲ罠付きの可動壁を設置する。
中に落ちると両側からトゲ付きの壁が迫ってくるオーソドックスなアレである。
それは初期の頃には作れるようになっていた、今では特段珍しくもない罠。
これにはアイルもきょとんとする。
「魔王様、この罠も素晴らしいのですが、ファラリスの雄牛と比べますと、勇者に脱出されてしまう可能性が高いと思いますが……」
確かに、この罠は登って脱出されてしまう可能性がある。
それを今更ここに設置するというのだから、彼女がそうなるのも当然だった。
「この罠自体は平凡だけど、ちょっと工夫を加えようと思ってね」
「?」
「これさ」
俺は新しく手に入った罠レシピ、最後の一つを合成して取り出す。
手の上の現れたそれは――黒板消しだった。
「なんですか? これは……」
当然、彼女がこれを知っているはずもなく、不思議なものを見るように黒板消しを見回す。
「これは黒板消しと言って……っと、名称はさておき、麻痺毒を含んだ罠の一種らしい」
「麻痺毒……!?」
結構、顔を近付けてまじまじと見ていた彼女は慌てて身を離す。
「これを落とし穴に落ちた侵入者に食らわせれば……」
「体が言うことを利かないので脱出もままならず、簡単にトゲ罠の餌食に!」
アイルは目を見開いた。
「そういうこと」
「意識があるのにどうすることも出来ない。そんな絶望の中で体を串刺しにされてゆく感覚を味わう。勇者に相応しい最後でございますね」
「ま、まあね」
さて実際、どうやって黒板消しを落とすかだが……。
詳細によると、ドアに挟み込んで仕掛けると書いてあったけど、ただ落下させるだけなら、厳密にその方法を守らなくてもいいと思う。
案として思い付いたのは、ノーマル金ダライの裏側に黒板消しを貼り付けて落下させる方法。
これなら落とし穴の底にある可動壁用の床スイッチと連動させることも可能だ。
黒板消しと金ダライとの接着には、クヴァールの実の果肉を使う。
ブリュっと出した、あの緑色の粘液はガムみたいに粘性が高かったからいけると思う。
問題は、底にある床スイッチの上に金ダライwith黒板消しをセットする方法。
穴が深すぎて手が届かないし、だからといって上から落とせば麻痺毒が舞い上がって俺達が大変なことになる。
マジックハンド的な便利グッズもなければ、梯子も無いのにどうすれば……。
「魔王様、何かお悩みでしょうか?」
アイルが心配そうに聞いてくる。
「いや……この黒板消しを落とし穴の底にある床スイッチの上にセットしたいんだけど……安全に置く方法が思い付かなくてね」
すると彼女はきょとんとする。
「なんだ、そんなことですか。それなら私にお任せ下さい」
「え……そう? なら……」
どうやって置くのか見当が付かないが、彼女には何か案があるらしい……。
なので俺はクヴァールの実を取り出し、ちょっと気持ち悪いけど握って果肉を絞り出す。
続けてノーマル金ダライを作り、その底に果肉を塗って黒板消しをくっつけた。
完成、ノーマル金ダライwith黒板消し。
「じゃあ頼むよ」
そう言って、それを彼女に差し出した。
その時だ。
彼女のお尻から、にゅっと長いものが伸びてきて、ノーマル金ダライwith黒板消しに巻き付く。
それはまさしく……。
「尻尾!?」
黒くて艶のある、先がやや尖った尻尾だった。
驚く俺を他所に、彼女は巻き付けたノーマル金ダライwith黒板消しを落とし穴の底へと持って行く。
その尻尾、手と同じように器用に動くし、長さもある程度伸縮出来るらしい。
そのまま優しく床スイッチの上に物を置くと、そっと巻きを解く。
それでセット完了。
金ダライの罠の時と同じように、ノーマル金ダライwith黒板消しは宙へと浮いて行き、天井付近で不可視になった。
「これでよろしかったですか?」
「えっ……ああ、うん。それは助かったんだけど……あの……ちょっと聞きたいことが……」
「何です?」
今の尻尾を見て俺の中に疑問が湧き起こった。
プゥルゥはスライム。キャスパーは猫獣人。イリスはドラゴン。シャルは不死者。
じゃあ、アイルは?
今の今まで全く気にしてこなかったけど、あんな尻尾を見せられると気になってしまう。
「あの……今更な話でなんだけど……アイルって魔物で言うと何族なの?」
すると彼女は意外な質問だったのか、最初こそぽかーんとしていたが、快く答えてくれる。
「私ですか? 私はサキュバスですよ」
「っ!?」
思ってもみない答えに、俺は口を開けたままだった。




