76話 苦悩する実
※前回までのあらすじ
草牛の捕獲に向かった!
俺は草牛を捕獲する為、シャルの案内で森の中を進んでいた。
森の中は瘴気が立ち籠め、若干、靄がかっている。
そんな薄暗い森の中を歩いていると、前を行くシャルが何かを見つけたようだ。
「魔王様、見て見て!」
「どうした? 草牛を見つけたのか?」
「違うよ、これこれ」
彼女が指差したのは木の枝になっている赤い実だった。
大きさ的には林檎くらい。
形はドラゴンフルーツみたいな見た目をしている。
それが丁度、手の届くくらいの高さにぶら下がっていたのだ。
「果物?」
「クヴァールの実だよ。瘴気が漂うような森でしか採れない果物で、滅多に見つからない貴重なもの。これ、すごぉぉぉぉぉぉく、美味しいんだ」
そんなに、すごぉぉぉぉぉぉく言葉を溜めるってことは、それほどの旨さなんだろう。
一体、どんな味がするんだろうな?
俄然、興味が出てくる。
すると、シャルがその場で飛び跳ねながら言ってくる。
「とって、とって」
彼女の背の高さでは微妙に手が届かない場所。
なので、俺が代わりにもいでやる。
ブチッ
案外簡単に取れた。
手の中に収まったそれは、ズッシリと重く、果汁がたっぷりと詰まっていそうだ。
俺は、その真っ赤な実を観察するように裏返してみる。
すると、そこには――
顔があった。
「ぬわぁっ!?」
思わず反射的に放り投げてしまったそれをシャルが見事にキャッチする。
「わーい、クヴァールの実げっとー! 魔王様、ありがとー」
喜んでいる彼女の手の中を覗いてみる。
やっぱり見間違いではなく、そこには顔付きの実があった。
人のようなリアルな目と鼻と口が、まるでピカソの絵のようにバラバラに配置されている。
しかも瞬きをしているので、ちゃんと生きているようだ。
うわー……。
「本当にそれ……食べられるの?」
普通に考えたら食べちゃまずそうな見た目だが、彼女はウキウキとしている。
「もちろんだよ。クヴァールの実って、果肉に中毒性のある旨味成分がふんだんに含まれていて、一口食べただけで『もっと、もっと食べたいぃっ』って止まらなくなっちゃうくらいなんだから。ああっ……前に食べた時のことを思い出したら手の震えが止まらなくなってきちゃった♪」
「きちゃった……って、それ食べちゃいけないヤツじゃん!」
「あはは、そんなことないよ、そんなことないって、あはは」
ダメだぁぁ! 食べる前から禁断症状が出てるぅ!
「これね、こうやって食べるんだよ」
そう言うと彼女はクヴァールの実をギュッと握った。
すると目とか鼻とか口から、緑色のネバネバしたものがブリュブリュっと飛び出してくる。
おえー……。
そのネバネバーっとしたものが食べる所らしい。
だが、それをそのまま彼女に食べさせるわけにはいかない。
シャルがクヴァールの実を口元に持って行きそうになったその時、俺はそいつを強欲の牙で奪い取った。
「あ、あれ?」
目の前から実が無くなると、彼女は正気を取り戻したようになる。
あー危なかった。
[クヴァールの実]
瘴気を吸って成長する果実。中毒性が高く、一度食べると同じ物をひたすら食べたくなる。食べ過ぎで胃が破裂し、死亡した症例あり。中毒症状が抜け切るには、七日間絶食する必要がある。レシピで進化を遂げるかも?
ほら、やっぱりヤバイやつじゃん。
俺は取り込んだ実の詳細を確認していた。
でも、レシピで進化だって?
この実も何かに使えるかもしれないってことか。
なら、このままアイテムボックスに入れておいても良さそうだな。
そんなことを考えていると、シャルが独り恥ずかしそうにしていた。
「森の博士と呼ばれた私が……クヴァールの実みたいなものに惑わされるなんて……」
森の博士? そんなふうに呼ばれてるの? 初耳だな……。
でも実際、シャルって森の動植物に詳しい感じがする。
食材集めの時も色々教えてもらったし。
「それは一度食べたことがあるからでしょ? 俺はあの実を見てもなーんにも食欲が湧かなかったし」
「うん、それが原因だね……」
落ち込んでいる彼女。
そこで俺はある事を思い付いた。
「そうだ、森の博士ならマホガニー材が採れる木って知らない?」
新しい玉座を作る為に必要な素材。
彼女ならそれを知ってるんじゃないかと思ったのだ。
するとシャルは目を丸くして言う。
「それなら、このクヴァールの実がなってる木だよ」
「え……」




