66話 まるごとバナーネ
※前回までのあらすじ
勇者が落とし穴に落っこちた!
「落ちましたね……勇者」
「ああ、落ちたね」
俺とアイルはスクリーンの前でそう呟き合った。
すっ飛んで行く勇者の余りの速さと、綺麗な落ちっぷりに、映像を見ていた一同は呆然としていた。
だがそれも、暫しの間だけ。
皆すぐにイスから立ち上がり、歓喜の声を上げる。
第一声はプゥルゥだった。
「す、すごかったね! いまの! ユウシャがナニもできずにとんでったよ?」
「ほんとほんと、私、バナーネの皮をあんなふうに使うなんて思わなかったなー」
シャルが続けた。
するとそこへキャスパーが、
「それだけではありませんぞ。勇者の瞬足スキルを逆手に取った実に巧妙な罠。あの速度で飛ばされては対応する間すら無いでしょう。しかも嵌まったが最後、それがそのまま地獄への直行便となる。勇者にとっては決して逃れることの出来ない、なんとも恐ろしい罠だと思います。まさに魔の頂点におわす御方に相応しい無慈悲で残忍な所業で御座いますな」
と、熱弁しながら酷く感心していた。
「魔王様の真意がお分かりにならないとは、まだまだね、キャスパー」
そう言ってきたのはアイルだ。
「ん……アイル殿、是非、その真意とやらをお聞かせ願いたいのですが」
「いいでしょう」
アイルは口角を上げる。
「確かにあの罠そのものは素晴らしいと私も思います。しかし、魔王様の真意は勇者を罠に嵌めることに留まらず、そのプライドまでもズタズタに切り裂くことにあったのです」
「おおっ!」
キャスパーは刮目した。
「だって、バナーネの皮ですよ? そんなものを踏んだだけで死んでしまっただなんて、勇者にとっては後生まで恥を晒すことになりますからね。
『リゼルの勇者はバナーネの皮で滑って魔王にやられたんだって、ぷークスクス』というように。しかも最後のトドメは落とし穴ですよ? 嵌まった本人は最後の瞬間、悔しさと情けなさで胸の中が一杯になりながら死んでいったに違いありません。あー悔しい、ぐふふふ……」
アイルは非常に楽しそうに語っていた。
対してキャスパーは、納得の表情を浮かべる。
「死するその瞬間まで相手に絶対的な敗北感を与え続ける、なんという悪意の塊のような罠……。そこまでのお考えがあろうとは思いも寄りませんでした。私もまだ修練が足りなかったようです」
彼は感服したように俺に対して跪いた。
――って、なんでそんな話になってんだ!?
すると、イリスが俺に向かってボソリと呟く。
「魔王様……鬼畜……」
「……」
しかも、なぜだか頬が赤かった。
褒められてるみたいだけど、全然そんな気がしないぞ!
そんな最中、シャルがしみじみとしながら言う。
「それにしても、あれだけたくさんのバナーネを食べるの大変だったよねー」
彼女の言う通り、あの罠を作成するにあたり皆の協力は欠かせないものだった。
なにしろ大量のバナーネの皮が必要なのだから。
その為にゴーレムに採ってきてもらったバナーネを手分けして食べてもらい、皮を集めたのだ。
今回の最大の功労者は、皆であると言っても過言ではない。
「ノルマ、ひとり100ポンとかいわれたときは、ナミダがでそうになったよ」
プゥルゥが体を拉げながら言った。
するとアイルが得意気に答える。
「それは一度に全部食べようとするからです。十日に分けて食べた私に死角はありません」
「そういえばキャスパーは、ゼンブつぶしてジュースにしてのんでたよね」
「うえぇ……」
アイルの顔が青ざめるが、当のキャスパーは「おっほん」と誇らしげに胸を張る。
「最良の摂取方法だったと自負しております」
「100ポンでクロウしてた、そんなボクたちとくらべて、イリスはひとりで1000ボンたべてたからすごいよね」
「え……私? そ、そうかな……。えへへ……」
イリスは照れ臭そうに笑った。
彼女達はそんなふうに笑い話のように言うが、結構無茶なことを頼んでしまったのではないかと反省している。
バナーネの罠は複数仕掛けた罠のうちの一つ。
そこまで頑張ってくれたのに、使われない可能性だって当然あるのだから。
「皆、ありがとう」
俺の口から自然と礼の言葉が出る。
すると、それが思いがけないことだったのか、皆「え……?」という表情をみせる。
「いや……今回の勝利は皆のお陰だってこと。だから、ありがとう」
再び皆は目を丸くしたあと――。
キャスパー「いえいえ、滅相もございません」
プゥルゥ「ボクたちは、あたりまえのことをしただけだよ」
シャル「そうそう、魔王様の為に働けるだけで幸せなんだから」
イリス「バナーネ……いっぱい食べられて満足……」
アイル「なんと勿体ないお言葉……私……嬉しすぎて死んでしまいそうです」
おいおい、大袈裟だな……。
そういや、皆が苦労したバナーネの皮、それを設置するのも大変だったな。
あれだけの数を道端に並べておいたら普通に怪しまれるだろうから、森の中を通すように設置していったんだよなー。
大部分はゴーレムにやってもらったんだけど、現場指示はしなくちゃいけない。
道無き道を歩くのは結構しんどかった。
と、罠のことを振り返っていると、最後のおさらいが終わってないことを思い出す。
「さて……じゃあ、ちょっと見てこようかな」
「え……魔王様、どちらへ行かれるので?」
映像スクリーンを閉じ、動き出した俺にアイルが投げ掛けてくる。
「森の道だよ」
「森の道……何故にそちらへ?」
勇者を退けたあとに如何なる用事があるのか? 彼女はそれが気になる様子。
「答え合わせみたいなもんかな」
「?」
「勇者達がどうやって罠に掛かって、どんなふうになったのか。現場検証って言うのかな? 今後の勇者対策に役立つ貴重な実地データがたくさん残ってると思うんだ。それを見て回りたい」
「なんと、そこまでのお考えがあるとは……」
アイルは感嘆の声を漏らした。
そして彼女は、急にモジモジとし始める。
「あの……私も……その現場検証とやらに、ご一緒させてもらって宜しいでしょうか?」
「ん? それは構わないけど」
「あ、ありがとうございます!」
アイルは心底嬉しそうに礼を言う。
「でも、どうして?」
わざわざ一緒に見に行くようなことでもないのに。
そう思って聞いてみたのだが……。
「ぐふふ……それは勇者がどんなふうに罠に嵌まっているのか、とても興味があるからです。ぐふふ……」
なんか不穏な言葉を聞いた気がした。




