166話 プゥさん再び
※勇者レオ視点の回です。
〈勇者レオ視点〉
勇者率いる魔王討伐隊は死霊の森の外縁に沿って南側に移動を開始していた。
大量のゴーレムが森の中に潜伏していることを確認した為だ。
魔王城に辿り付くには見るからに深そうな森を抜けなくてはならない。
よって、出来るだけ防備が薄いルートを選びたいが故の行動だった。
そして丁度、彼らの部隊が森の真南に到達した時だった。
「どういうこと? あれだけいたゴーレムが、この辺りだけ全くいないわね」
ヒルダが怪訝な表情で周囲を見回していた。
「しかも、通って下さいと言わんばかりに道が開けている」
レオは冷笑を浮かべながら、魔王城に向かって真っ直ぐに森を貫いている道を眺めていた。
すると、道の端に大量の石が積まれているのが視界に入ってきた。
彼らは騎竜を進ませ、そこに近付く。
「これは、お墓……かしら?」
「なるほど」
レオは口元を弛ませた。
「恐らく、ここを攻めた者の墓だろうな。こうなりたくなかったら引き返せという警告のつもりなのだろう」
「へえ、なかなか面白いことをするのね」
勇者二人は墓を見ながら余裕の笑みを浮かべていたが、リゼルの兵士達はどこか怯えた様子だった。
レオは改めて森に口を開けた道を見据える。
一見すると何の変哲も無い景色だが、地面や周囲の木々に争いを均したような跡が窺える。
「ここからは騎竜を降りて歩いた方がいいだろうな」
「そうね」
どんな罠が仕掛けられているかも分からない。
騎竜で一気に駆け抜けようものなら、そこにある墓下の者と同じ運命を辿ることになるだろう。
――ここは慎重に……一歩一歩、確かめながら進むべきだ。騎竜の足では反応が遅れる。
「よし、全員、竜を降りろ。ここからは徒歩で進む」
レオがそう指示すると、兵士達は素直に竜を降りた。
それを確認すると、彼は告げる。
「すぐに密集陣形を取れ。出来るだけ身を寄せ、縦長の隊列で進む。足取りはくれぐれも慎重にな。俺が先頭を行く」
「了解」
兵士達は機敏な動作でレオの言う通りの陣形を作り上げる。
その先頭を勇者であるレオが務めるには理由があった。
――絶対防御のスキルがあれば、どんな攻撃や罠も怖くは無い。囮と言っては聞こえが悪いが、俺が先頭を行くことで逸早く罠を発見することが出来る。罠は種がバレてしまえば、そう怖いものではない。後から続く兵士達はその罠を横目に進めばいいだけだからな。
「前進する」
レオは大盾を構えると、密集陣形の兵士を引き連れ森の道を進み始めた。
だが、そこに足を踏み入れて間もないうちに事が起こった。
レオの斜め後ろを付いてきていた兵士が慌てたような悲鳴を上げたのだ。
「っ!? う、うあぁわあっ!?」
見れば彼の足下の地面が崩れ、落とし穴が大口を開けていた。
そこを兵士の体が滑るように落ちて行く。
穴の底には鋭利な鉄のトゲが天に向かって無数に伸びていた。
そのまま落ちれば全身串刺しだ。
「た、助けっ……!」
穴の壁面を爪で引っ掻き、必死に足掻くが、体が持たず背中から真っ逆さま。
しかし、懇願する叫びを残したまま兵士の体は、トゲの上で制止していた。
見えない床のようなものに乗っている感じだ。
それはレオが展開した絶対防御の防壁だった。
――絶対防御は俺を中心に全方向へ展開出来る。痛い目に遭わずに済んだな。
穴に落ちて呆然としている兵士にレオは煙たそうな顔を向ける。
「慎重にと言ったはずだが? あと、スキルの有効範囲から出た場合の命の保証はないからな」
「は……はい!」
動揺しながらそう答えた彼は他の兵士に穴から引き上げられていた。
「まあ、串刺しになったくらいなら私のスキルでなんとかなるけどね」
ヒルダがニヤニヤしながらそう付け加える。
これに対し、兵士達は苦笑いを浮かべるしかなかった。
そのままレオ達は慎重に前進する。
途中、地面に仕掛けられた罠の数に驚愕しつつも絶対防御のスキルで難なく乗り越え、だいぶ中程にまで進んだ時だった。
「レオ……あれ……何?」
ヒルダが前方に立つ異様な格好の巨体に目を見張っていた。
フサフサの毛皮に大きな頭、そして一点を見つめたような円らな瞳。
「分からん……が、熊か?」
あれが本物の熊でないことは分かるが、熊を模した作り物であることくらいは分かる。
困惑していると、熊の方から口を開く。
『ボクのナマエはプゥルゥ。マオウしてんのうのヒトリだよ。プゥさんってよんでね』
「……」
思いの外、幼い声が発せられ、暫し困惑する。
「四天王……だと? こいつが?」
――魔王の四天王たる者がこんな気の抜けた姿のはずがない。こちらの動揺を誘う為の策略か?
「どうするの、これ……。やっちゃう?」
ヒルダが矛を構えた。
「待て、少し話してみる」
「そう……」
――一応、こいつは言葉を話せるようだから、仕留めるのは情報を聞き出してからでも遅くは無い。
レオは一歩前に出ると奇妙な熊に問う。
「四天王というのは随分、間抜けな格好をしているんだな」
「オマエきらい」
すぐに率直な答えが返ってきた。
だが、事はそれだけではなかった。
グゴゴゴゴゴゴ……。
熊の巨体がブルブルと小刻みに震え始めたのだ。
「……?」
そこでレオは異変を察知した。
「っ!? すぐに俺の後ろに身を隠せっ!」
言い放った直後、
「ばーんっ!」
熊が木っ端微塵に砕け散ったのだ。
「!?」
それはまるで爆発そのものだった。
砲弾のような石飛礫がレオ達を襲う。
「くっ……」
即座に展開した絶対防御の壁が、散弾を弾く。
防御は完璧だ。
背後にいる兵士とヒルダは完全にレオが展開した防御壁の内側に入っている。
だが飛礫の威力は凄まじく、大盾を持つ手が痺れる。
そんな状況を暫く堪えると、嵐のような散弾は止んだ。
盾から顔を上げ、辺りを確認する。
周囲に現れたのは蜂の巣にように無数の穴が空いた地面と木の幹がある光景だった。




