157話 勇者と王は原野の中
※勇者レオ&リゼル王視点の回です。
〈勇者レオ視点〉
魔王城がそびえ立つ死霊の森から、西方に数十キロの地点。
その原野に多くの人影があった。
神聖レジニア皇国の勇者レオと同ヒルダが率いる、リゼル王国軍の行軍である。
その数、三千。
旅団規模の兵だ。
しかし、これにレオは不満があった。
「たった三千しか寄越さないとは……リゼル王め、己の立場が分かっていないようだ」
先頭を行く騎竜の上で文句を垂れる。
「まだ言ってるの? 案外、根に持つタイプなのね?」
同様に騎竜で併走するヒルダが呆れたように言ってきた。
「そうではない。確実に魔王を仕留める為には手抜かりがあってはならないというだけだ」
「それが根に持ってるって言ってんのよ」
ヒルダが妖艶な眼差しでクスリと笑う。
「そうか?」
「そうよ、どうせあなたは戦闘が始まれば一人で行ってしまうのだから関係ないでしょ?」
「まあ、そうだな」
レオは魔王城に到着してからの作戦を頭の中で反芻する。
彼には勇者としてのスキル、絶対防御が備わっていた。
それは物理攻撃だけでなく、あらゆる魔法攻撃も通さない守り特化のスキル。
その能力があれば何者も彼を傷つけることは出来ない。
スキルを利用して、彼はひたすらに魔王城へと突き進み、魔王の首を取る。
作戦というには烏滸がましい内容だ。
だがそれは、レオだからこそ出来る確実性の高い方法。
ただ魔王側もそうすんなりとは行かせてはくれないだろう。
そこでヒルダのスキルが役立つ。
彼女のスキルは超全回復。
それは複数の仲間の体力を瞬時に全回復させる力。
しかも魔力を必要とせず、無限に使用可能。
故に、連れてきた兵士達は傷ついても倒れず、疲労も訴えない、不死の戦士に等しい軍隊となる。
ヒルダと三千の兵士が、魔王配下の足止め役になってくれるというわけだ。
――噂によれば、死霊の森には多くのゾンビが徘徊しているというからな。不死人には不死人が適当だろう。
もし罠に嵌まることがあっても、僅かに息があれば戦線に復帰することが出来る。
それ故、手駒は多くあった方が良かったのだが……。
「寧ろ、困るのは私の方よ」
ヒルダは溜息交じりに言った。
「これだけの数で持ち堪えなければならないんだから」
「それは大変だな」
「まるで他人事ね」
彼女は肩を竦めた。
――だが、俺達は今あるこの戦力でどうにかするしかない。
そこでヒルダが、
「それにしても……」
と、続けた。
「あれは何のつもりなのかしら?」
彼女は背後を気にする。
それは後ろを付いてくる兵士達のことではない。
その兵士達から更に遠く離れた後方。
そこにレオ達の隊列を距離を空けて追従してくる一群がある。
数にしたら数百名の大隊規模。
その中にリゼル王国の旗がはためいていた。
騎竜隊に囲まれた中には馬車の姿が窺える。
恐らくその中に居るのはリゼル王、バルトロメウス四世、その人だ。
それは身を隠すつもりなどまるで無いといった様子。
「王自ら出向いてくるなんて、信じられないわ」
「俺達のことが気になって気になって仕方が無いんじゃないか?」
「嫌だ、気持ち悪いっ」
ヒルダは心底嫌そうな顔で身震いした。
◇
〈リゼル王視点〉
リゼル王は揺れる馬車の小窓から、遙か前方を行く勇者の隊列を見ていた。
すると向かい側に座る侍従兵が不安げな表情で訴えてくる。
「本当に宜しかったのですか? 陛下自ら、このような場所に赴かれて……」
「くどいぞ」
「も、申し訳ありません」
侍従兵はそれきり口を噤んでしまった。
しかしながら、兵がそう思うのも分かる。
宰相ライムントに王都は任せてあるとはいえ、王が国を空けるのは最良の選択ではない。
――だが、この度の事はこの目で確かめなければ……。
長く王座に就いてきた者の勘がそう訴えている。
――こうやって国を空けるのは戦の時、以来か……。
私は歳を取り過ぎた。もう若い時のように騎竜に乗ることも出来ない。
しかし、国王として国を守る役割は果たしたい。
その為にも目の前で起こる出来事を見届ける必要があるのだ。
レジニア皇国の目的。
そして、魔王という者が如何なる者なのかを――。




