12話 湯加減
※前回までのあらすじ
大浴場が完成した!
「これが……魔王様が言っていたお風呂というものですか……。しかも、こんな短時間で作り上げてしまわれるなんて……凄いとしか言いようがありません」
アイルが感心の吐息を漏らしながら言った。
他の四天王達も同様の反応だ。
だから俺は言ってやった。
「いやいや、入り口だけで驚かないでよ。どうせなら中に入ってからにして」
「分かりました。でも、どうやって利用すればいいのでしょう?」
アイルが心配そうに聞いてくる。
そういや彼女達、風呂みたいなものは初めてだったっけ。
それなら戸惑うのも仕方が無いか。
なら、入り方から教えてあげないといけないな。
「そんなに難しいことでもないけど……。じゃあ俺が、入り方を教えるから良く聞いておいてね」
「「「「はい」」」」
若干一人を除いて良い返事だ。
「おーい、キャスパー。ちゃんと聞いてる?」
「は、はい、勿論でございます……」
猫獣人のキャスパーだけが、やや離れた場所で不安そうにしていた。
そもそも最初は彼の為にと作った風呂なので、是非入ってもらいたいと思うのだが……なかなかハードルが高そうだ。
ともかく説明を続ける。
「この入り口から中に入ると、すぐ脱衣所になってるので、そこでまず服を脱いでもらう」
「えええっ!?」
突然、アイルが動揺の声を上げた。
しかも自分の体を隠すように腕を回し、頬を赤らめている。
「ん? どうした? 何か問題でも??」
「い、いえ……魔王様の前で一糸まとわぬ姿になるなんて……心の準備が出来ていませんでしたので……狼狽えてしまっただけです。すぐに心の整理を付けますから、少々お時間を頂きたく……」
えーと、どこから突っ込んでいいか分からないが、とにかく色々勘違いしているようだ。
それはアイルだけでなくイリスも同様で、彼女に至っては言葉を発することすら出来ず、ただ顔を真っ赤にしながら「あわわわわわ」と唇を震わせていた。
プゥルゥも相変わらず体をピンク色に染め上げていたが――、
って、お前、元から服着てないじゃん!
どこに羞恥心を刺激する要素が!?
唯一、シャルだけが、
「魔王様がそうして欲しいなら、私はいくらでも脱いじゃうよ?」
なんて言いながら、はにかんだ表情で見てくる。
じゃあ遠慮無く……、
「って、違ぁぁぁぁうっ!」
「?」
皆がきょとんとなった。
「なんか勘違いしているようだから最後まできちんと聞くように。まず、脱衣所は男女分かれてるから安心して。二つある入り口のうち右が男湯で左が女湯だから。間違わないようにね?」
それを聞いた彼女達はホッとしたような、残念なような複雑な表情をしていた。
「それで中に入ったら、まずお湯で体を流してから湯船に浸かる。そんだけ。簡単でしょ?」
すると彼女達は理解してくれたようで、
「なるほど……そういうことですか……」
「シャル、理解したよー」
「ボクもダイジョウブ」
「ほっ……」
それぞれに反応を示した。
「じゃあ、早速入っていいよ」
言うと彼女達は「わー」と嬉しそうにしながら女湯の方へ消えて行く。
それを見届けた後、俺はキャスパーに向き直る。
「さて、俺達も行こう」
「魔王様もお入りになるので?」
「ああ、もちろん。せっかく作ったんだから、そりゃ入るでしょ」
「でしたら、私だけが入らないという訳には行きませんな……。どうやら……覚悟を決める時が来たようです」
おっ、ここにきて、やる気が出たようだ。
なら、気が変わらないうちに行った方がいい。
「うん、その調子で行けばいいと思うよ」
そんな訳で俺達は男湯の方の脱衣所に入った。
そこで分かったことは、
壮年の紳士という雰囲気だったキャスパーだが、脱いでみるとその体はとても筋肉質で、かなり鍛え上げられているようだった。
さすが獣人と言うべきだろうか。
戦闘になったら、かなり強そうだ。
そんなふうに逞しい彼だが、その風貌とは裏腹に風呂場の入り口ギリギリの所で、立ち止まったまま動けなくなっていた。
「むむむ……」
「どうしたの?」
「やはり……あの湯船の中でたゆたう水面を見ていると、情けない限りでは御座いますが、足が竦んでしまって……」
難しい顔をして佇んでいる。
その額には、やや脂汗も滲んでいた。
これはまた時間が掛かりそうだな……。
だが、俺には作戦があった。
というか、既に策はこの場に施してある。
実はこうなることを見越して、浴場を作る際に罠を仕掛けておいたのだ。
風呂場に入った一歩目の床。そこに例の落とし穴を設置してある。
しかも、その落とし穴の下はお湯が張られている。
キャスパーが一歩でも足を踏み入れれば、お湯にドボーン。
強制的に風呂に浸かることになる。
いわゆるショック療法的な手段だ。
これで余計に水が嫌いになる可能性も大いにあるが……入ってしまえさえすれば気に入る場合もある。
ある意味、賭けだ。
「湯船の中はともかく、とりあえず風呂場には入ったら?」
「そ、そうですね……」
キャスパーは緊張しながらも一歩踏み出す。
と、その時だ。
「!?」
何かを察知したのか、彼は出しかけた足を引っ込めて咄嗟に後ろへ飛び退いた。
恐らく動物的勘が危険を捉えたのだと思う。
その辺はさすがだ。
だが、俺はその一枚上手を行った。
猫は危険を察知すると硬直し、進行方向とは逆に飛び退く習性がある。
それを利用して、彼が飛び退くであろう地点にも落とし穴を設置しておいたのだ。
その策は見事嵌まり、
ドボーン
水飛沫と共にキャスパーの体がお湯の中に落ちた。
「にゃにゃっ!?」
思わず猫語が出る。だが、
彼は最初こそ慌てたようにお湯を掻いていたが、すぐに落ち着きを取り戻す。
そして、
「こ、これは……気持ちいい……」
キャスパーは、そのままお湯の温かさに身を任せ、気持ち良さそうに、とろーんと目を細めた。
「お湯というものが、こんなに穏やかな気分にさせてくれるとは知りませんでした。しかも、ただのお湯ではないようです。この独特の香りと芯から温まるような感覚がたまりません」
どうやら、温泉が功を奏したようだった。
湯の中で和む、そんな彼の頭上から★が飛び出した。




