五
「無事に取り戻したら、残りの報酬を払おう」
「わかった」
「ミラン、戻ったら俺の用心棒にならないか?」
「そう来ると思った」
胸ポケットで小さな声がして、ミランは苦笑した。
「あなたには優秀なのが二人もいるだろう」
リンドバルクの後ろで、双子が体を揺らした。黒装束の男二人に手こずったという事実を、恥じているようにも見える。
「もう一人雇えと言ったのは、他でもないお前だったように思うが?」
「無事に戻ってこれたら、また考えよう」
ミランが踵を返して行こうとすると、背中に声がかかる。
「俺の魂だ。頼んだぞ」
そこまでのものか、ミランは心で苦笑した。報酬の額の大きさに、国主の本気を見たからだ。
(それなら余計、他にも頼める者がいるとは思うが……)
大広間を出て、毎度のことながら、辟易してしまう長い廊下を戻る。
(なぜ、その者たちに頼まず、私に依頼したのだろうか)
大盗賊として名を馳せるのは、この世界に四人のみ。
今まさに足を踏み入れようとしているルーエン街に拠点を置く、盗賊団メイファンの白蛇は、その中でも筆頭に挙げられる。ただ、現在はその白蛇に変わって黒蛇ならぬ者が取り仕切っているらしい。
(恐らく世代交代の時期なのだろう)
『白蛇』とのあだ名の由来は、その白髪にある。相当の年寄りだということは周知の事実だ。
実はその四人の大盗賊の中に、ミランは入っていない。
(……女は入れてもらえないらしい)
何度も世の中の不条理に出くわしてきた。
「まあ入りたいとも思わぬがな」
盗賊となったのには、ミランにもそれなりの訳があった。
遠く昔の記憶に、ミランは胸をもぎ取られそうになる。
(もう忘れなければ……)
いつまでも消えずに残る枷のように、それはミランを縛り続ける。ざわつく胸を落ち着かせようと、ミランは深く息を吸った。
✳︎✳︎✳︎
「これほど簡単に街に入れるとは、ちょっと驚いたな」
ミランは、左右に目を配りながら、フードを深くかぶり直した。
ルーエン街から一番近い村で息を整えてから、ここルーエンに向かったのだが、検問のようなものもなければ、街を囲うような壁や柵も無し。
気がつくとすでに街の中心部におり、今は中央市場の中を、それこそ自由気ままに回遊している。
「まあ、盗み盗まれで成り立っている街だからね。ミランは案外顔パスなんじゃないの?」
「シュワルト、お前はどうしてそんなナリなのだ」
目深に被った毛糸の帽子に眼鏡。町の民が着るような、粗末な上下。もちろん、ミランも町娘の格好ではあったが。
「いやあ、僕ってばどういう格好をしても目立っちゃうからなあ。とにかく、僕っていう存在を消さなくちゃって思って。これでもかっていうくらい露出を少なくする努力をしました」
「地味だな」
「地味だね」
いつのまにか、胸ポケットから顔だけを出しているモニも参加する。
ミランとモニの共鳴するような言葉に、シュワルトは満足そうに腕組みをして頷いた。
「うんうん、成功だ」
「それにしても、依頼品はどこにあるの?」
よしよしと満足げなシュワルトを無視して、モニが会話の流れを変える。モニはそのまま胸ポケットから這い出ると、ミランがかぶるフードを軽くよけてミランの肩に乗った。
「地下迷路の先だ」
「迷路だって⁉︎」
ミランの耳元の近くで、モニが飛び上がる。
「ああ、地下にはびこる下水道を進んでいく」
「えーーー、嫌だよ、そんな陰気臭いところ。行きたくないなあ」
シュワルトが乗り気でない声を上げる。
「シュワルト、お前は地上で街の様子を見ていて欲しい」
「やっった‼︎ 了解だよ。大人しく待機してるね」
「ミラン一人で大丈夫なの?」
「モニ、お前も一緒に来てくれるだろ?」
「もちろん」
「まずは街の様子、そして地下迷路の確認をしてから対策を練る。シュワルト、悪いが街に詳しい情報屋を探してきてくれ」
「リョーカイ」
「モニは、地下迷路の様子を見てきてくれ。私は飲み屋で情報を得てくる」
「はいー」
「モニ、迷うなよ」
「ねえ、ボクを誰だと思っているんだ?」
モニが襟を正す素振りをする。すかさずシュワルトが感嘆の声を上げた。
「あ、そのネタ見たことある‼︎」