表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女盗賊ミランと盗賊団の黒蛇  作者: 三千
第十一章 二人の距離
54/54

エピローグ


メイファンの首領が相変わらず、黒蛇と呼ばれているとの噂を耳にしてからも、ミランはその小径をよく歩いた。


「ミラン、もうあそこには行くなよ。僕とモニが一緒なら、ミランはそれで良いだろ?」


ぶうたれたシュワルトをなんとか宥め、森の入り口までその背中に乗せてもらう。


森の中へ入る小径。覚えている。幼い頃ここを通って、ルォレンに会いに行った。市場からの帰り。服の中には、盗んだパンや果物。


(懐かしい)


小径を歩くたびに思う。


木漏れ日が、チラチラと頬を差し、ミランが進むたび、足元ではパチリパチリと小枝を踏む音がする。


腰に下げた大刀が、ゆらりゆらりと、振り子のように揺れる。


そして少し進むと、目の前に見えてくるのは、あの大木。


幼い頃は本当に、大きな大きな木だと思っていた。けれど、大人になった今、こうして見上げてみるその木は、確かに他と比べると一回りは大きさが違っていたが、けれど突出して大木、と言うわけでもなかったのだ。


ミランは苦笑した。


(あの頃は、生きることに必死だったからな。他の木と比べたりする余裕はなかったのだな。それに……)


ミランがほっと息を吐く。


(あの頃は、ルォレンのことしか見えてなかった)


手を大木へとそっと添わせる。


二人が肩を寄せ合った根元の空間は、今や大人一人がようやく入れる場所となった。


ミランはその空間に身を沈めた。気持ちの良い緑陰と木漏れ日を感じながら、幼い頃を思い浮かべるように目を瞑った。


「ルォレンには、いつ会えるのだろうな……」


いや、もう会えないかも知れない。交わしたものは、ただの口約束。


ミランは、空を見上げる。青い空はところどころ。大きな木が伸ばした枝に、緑の葉。その葉が、風に揺れていた。


✳︎✳︎✳︎


「ミラン、ミラン」


目を開けると、ルォレンが怪訝そうな顔を浮かべながら、覗き込んでいる。


「……ルォレン」


「ミラン、こんな所で寝ていると風邪をひくぞ」


(ようやく会えたと言うのに、それが最初の言葉か……)


苦く思ったが、ミランは身体を避けた。ルォレンが隣に入り込んでくるからだ。


「ルォレン、無理だ。狭い」


ルォレンは笑って、けれど、ぐいっとミランの隣に入り込んでくる。


「大丈夫だよ、まだ並べる」


そして、感じるルォレンの体温。お互いに見つめ合えば、息がかかるほどの距離。頬に、その息を感じながら、肩に、その呼吸する動きを感じながら、ミランはルォレンを愛しく思った。


「ルォレン、遅かったな」


「ああ、ずいぶん時間がかかってしまった」


「髪が真っ白だ」


「ふは、もう年寄りだよ」


目尻の皺を深くして、ルォレンは笑った。


「ミランは相変わらず、美人だ」


「私だって、歳を取った」


白髪や皺のありかを確認するかのように、二人は見つめ合った。皺のたくさん寄った顔のそこかしこに、気の遠くなるような長い年月が経ったことを感じたが、ミランの心はそれでも穏やかに凪いだ。


「こんなにも、年月が経ったというのに、まだ俺を待っていてくれたんだね」


「まあな。けれど、ずいぶん待たされた」


「遅れてすまなかった」


「いや、いいんだ」


ルォレンが優しげに囁いてくるのを、ミランも同じような口調で返事を返すと、ルォレンの肩に頭を持たせかけた。


「ずっと、待ってた」


「ミラン、」


「気の遠くなるような長い時間、ずっと」


「ミラン、」


(ずっと……)


ミラン。


名前を何度も呼ばれて、ミランはそのルォレンの声を堪能した。ゆらりゆらりと揺れる緑陰の中。水に漂うような気持ちの良さ。


「ミランっ」


けれど、そのたゆたうような世界から、急に腕を引っ張られるように、名前を呼ばれて正気を取り戻した。


ミランは、真っ直ぐを見た。


そこには、やはり懐かしいルォレンの顔。


「……ルォレン?」


「ミラン、ようやく会えた。ミラン、ミラン、」


ぐいっと前から抱き締められ、そしてルォレンの肩口に顔を埋めた。


「ルォレン、若返ったのか?」


まだ、意識が朦朧としている。そんな中、ルォレンの熱い体温に、身体が火照り出す。


「何を言っているんだ? 夢でも見ていたのか?」


背中に回った腕に力が入る。頬に頬が擦り寄せられ、ミランはようやく腕を回した。


「ルォレン、」


「ミラン、俺はようやく自由だ。約束しただろう。自由になって、必ず迎えにいくと。この大木の下で、待っていてくれと」


身体を離す。けれど、お互いの顔は近づいていく。


ルォレンが眉根を寄せ、堪らないというような表情を浮かべると、ミランの唇はそっとルォレンのそれに奪われた。


唇を重ねると、どちらともなく乾燥した唇が、ざらっと擦れた。


ルォレンがミランの唇をぺろっと舐める。すると途端にしっとりと潤い、ミランは堪らなくなって、ルォレンの唇を求めた。


深く、深く重なり合う。


息が苦しくなり、ようやく離す。ミランの目には大きな涙が溜まっている。


「……ルォレン、もうどこへも行くなよ」


この時。


ミランはようやく、未来というものを感じることができた。


生きていたくない、ずっとそう思っていたその気持ちが音を立てて壊れ去っていく。


「……もう、どこにも行かないでくれ」


涙声が、震えて響く。


その声に反応するかのように、 ルォレンがもう一度ミランの唇を吸ってから、そっと耳元に囁いた。


「ああ、どこにも行かないよ。これからはずっと、ミランの側にいる」


ルォレンがミランを起こし抱き上げると、次には自分が先に木の根元に入り込んだ。腕の中にミランを抱きかかえる。


そして、二人はお互いの体温を感じたまま、そっと目を閉じた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ