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女盗賊ミランと盗賊団の黒蛇  作者: 三千
第十一章 二人の距離
53/54

五十二


「モニ、こっちだっ‼︎」


「ん、んんっっ」


鉄格子の前に走ってくると、モニはその間をするりと抜けた。口に咥えている瓶をミランが差し出した手の上に置いた。


「おまたせ、……じゃないっっ‼︎ ミランっっ‼︎ ちゃんと作戦の打ち合わせしてってくれないと、ボクたちが困るじゃないかっっ‼︎ シュワルトなんか、右往左往しちゃって、見てられなかったよ」


ミランはその瓶の蓋を取ると、鉄格子の根元に中に入っている液体をかけた。途端に鉄が溶けて、汗をかいたように溶けた鉄が垂れていく。


「だが、来てくれたじゃないか? さすが、モニだ。ちゃんと、欲しかった土産まで持ってきてくれたな」


「もちろんさ。何年、ミランの助手をやってると思ってるんだ」


「おい、ネズミ。こっちにもその瓶を持ってこい」


ルォレンの声が隣の牢屋から聞こえてくると、モニは舌を出して皮肉を言った。


「自力で出ろよ。ボクはミランのパートナーであって、お前のネズミじゃないんだからな」


「わかったわかった、悪かった。頼むからそれをこっちに持ってきてくれ。ミランのネズミ殿」


ルォレンがネズミ殿の部分を強調して丁寧に言うと、ミランが吹き出して笑った。


「ははっ、モニ。お前がただのネズミじゃないってことを言ってやれ」


「そうだよ。こんな賢くて役に立つネズミは……って、ボクはネズミじゃないっ‼︎ 」


「そうか、では、」


ルォレンが言おうとするのを遮って、両手に抱えていた瓶をルォレンへと投げた。


「リスでもないよっっ‼︎ お前、ちょっと黙ってろよっっ‼︎」


ルォレンは受け取った瓶の蓋を開けると、鉄格子の根元に液体をかけた。同じように鉄が溶けていく。


「ふん、これは便利だな」


空になった瓶を側に転がすと、足で鉄格子の根元をガツガツと蹴った。


「ここから手っ取り早く地上に出る方法はないか?」


「この前のように、穴を開ければいいじゃないか」


「はは、シュワルトでもこの地下の深さで穴を開けるのは無理だよ」


同じように足で蹴って曲がった鉄格子の合間から、ミランが頭を出して這い出る。細身のミランはすんなり通れたが、一回り大きいルォレンは苦労して出た。


「外から直接、商品を搬入する通路がある。そこを通って外に出よう」


「……商品?」


ミランが足を止める。ルォレンがその声に振り返ると、ミランの近くに寄って手を伸ばし、そしてその頬に触れた。


「白蛇が首領だった時代、あの翼人にしたように、人身売買もやっていたんだ。けれど、それももう俺の代でやめた。見てみろ、だから牢屋もこんなにガラガラだ」


ミランは周りを見渡した。牢はいくつかあるが罪人らしき者の他、入居者はいない。


「確かに、ガラガラだな」


ミランの視線を追って、その先を見ると一人の男が牢の中で、いびきをかいて眠っている。


「まあ、あの男はだな。えっと、まあ、なんだ、白蛇の孫娘と良い仲になっちまって……一ヶ月の謹慎だ」


「それは自業自得だな」


そして、二人は歩き出す。通路の奥のドアへと進み、緩やかな登りの階段を上っていくと、外の空気が入り込むホールへと出た。上を見上げると、天井へと続く螺旋階段。その先には四角いマンホールのような扉があり、光をその隙間から差し入れている。


「さあ、ここから出られることはできるんだが……」


「……私とは来られないのだな」


「ああ、メイファンの首領の件を片付けないとならない」


ルォレンが近付いて、ミランの頬を両手で包み込む。


ほわりと頬が温かくなり、ミランはそのルォレンの体温を噛みしめるようにその手に擦りよせた。


「ミラン、」


胸のポケットがもぞもぞと動くが、モニはよく聞こえる耳を、自ら塞いでいるようだ。何も言ってはこないのを見ると、邪魔する気はないらしい。


ミランがルォレンの顔を見つめると、ルォレンもその瞳を覗き込んできた。


「ミラン、……お前を離したくない」


そっと、唇にキスをする。


「ルォレン、」


「お前から会いにきてくれて、俺は嬉しかった。全ての片がついたら、もう一度、俺の元へ来てくれ」


「ん、」


そしてもう一度、唇をそっと寄せると、軽くパクッとミランのそれを包み込む。腰を抱くと、ぐいっと身体を引き寄せた。


ミランもその愛しさに包まれるように、ルォレンの背中に両腕を回す。


急激に心が満たされていくのを感じていた。


自分を捨て、去っていったと思っていた幼馴染が、今、目の前で自分を愛していると言う。信じられない、という気持ちもどこかにはあるのだろうが、それはもう至上の幸福感の中、見つけることは容易ではない。


「ルォレン、」


幸せな吐息が漏れる。


そっと、唇をミランの耳元へと。


こそっと何かを囁くと、ルォレンはミランの身体をぐいっと離した。けれど、名残惜しそうに引き寄せ、もう一度キスをする。


「ミラン、」


何度もミランの唇を堪能すると、ルォレンは元来た通路へと踵を返そうとした。バタバタと足音をさせて、盗賊団の男たちが剣を携えて駆け込んで来ている。


「黒蛇」


「ルォレン」


「ボス、あんた裏切る気か?」


それぞれが、それぞれの呼称で呼ぶ。


「悪いが、もうお前たちのボスじゃない。俺はこれで引退ってことにしてくれないか?」


おどけて言った後、ミランを見る。


「さあ、行け」


螺旋階段を顎で指す。ミランは階段を駆け上がった。それと同時に、男たちがルォレンに襲いかかる。


「引退だなんて、俺たちが許さねえっ」


「ルォレンっっ」


「行けっ、ミランっ‼︎ 早くっっ‼︎」


振りかざす剣を、左右に避けながら、ルォレンは相手の懐に入り込むと、握りこぶしを腹へと叩きつけた。


「ぐおっっ」


「くそっ」


男たちが次々に膝を折っていくのを見ながら、ミランは駆け上がった。


(……強くなった、のだな)


鼻の奥がつんと痛む。その痛みを享受しながら、ミランは天井にある扉を開け放った。地面の中から外へと這い上がる時、もう一度、下を見下ろした。


ルォレンの姿を目に焼き付けたかった。


すると。


「ルォレンっっ‼︎」


倒れた男にルォレンが足を取られて、片膝をついている。そこへ、ガタイのいい二人の男が剣を振り上げるところだった。


「シュワルトっっ」


ミランは叫び、そして右手を突き上げた。


大空を大きく旋回していたシュワルトが急速に降下してきて、足で掴んでいたミランの大刀を落とす。手元にうまいこと落ちてきた大刀を掴むと、ミランは螺旋階段の手すりを、その大刀の逆刃で叩いた。


ぐわんぐわんっと頭に響く、なんとも言えない音がして、その音に驚かされたのだろう、大男二人の手が一瞬止まった。


「ルォレン……」


呟くと、ミランは螺旋階段の手すりを蹴った。弧を描いて、ミランは地下へと落ちていく。


「ああああぁぁぁ」


ルォレンがその声に振り返って見る。


ミランが振り上げた大刀とともに、そのスピードを徐々に上げて近づいてきて、そしてついに、その大刀を二人の大男の頭上に振り下ろした。


「はああぁぁっっ‼︎」


ガキンっと金属音がして、二人の剣は木っ端微塵に砕け散った。


「ミランっっっ‼︎」


ルォレンが振り向きざまに。飛び込んでくるミランの身体をがっちりとキャッチする。抱き合った二人の身体は重なり合って倒れ、横に二回転ほどくるっと回ると、ようやく止まって落ち着いた。そして、二人はお互いを見た。


はあはあと荒い息をしながら、二人は見つめ合っている。そして先に、ほっと息を吐いたのは、ルォレンだ。


「……はああ、驚かせるなよ。まったく、このおてんば娘め」


ミランも反撃する。


「助けてやったのに、なんだその言い草は」


「助けたのは俺の方だろ」


そのやり取りに、お互い笑い合ってから、立ち上がる。


すると通路の奥からドタドタと、後から後から盗賊団の輩がやってきたのを見ると、ミランは大刀を握り直した。


「まあ、そうなるだろうな」


ルォレンが仕方なさそうに呟いたその時。


ごごごっと地響きがしたと思うと、天井からパラパラと土の欠片が落ちてきた。


「なんだ?」


「どうした?」


ざわざわとしながら男たちの各々が天井を見上げていると、どんっと音がして、天井が崩れた。わっと落ちてくる天井を、それぞれが身を翻して避ける。落ちた天井が地面に叩きつけられ、もうもうと砂埃が舞い、辺りを煙らせる。


「おい、お前っっ。ミランは僕が守るから、お前の出番はない」


シュワルトが天井に穴を開けたのだ。繋がっていた螺旋階段が、ぎぎぎっと大きな音をさせて、どおっと倒れた。


「……お前のせいで逃げれなくなっただろうがよ」


さも、嫌そうな声と表情で、ルォレンが毒づく。


天井の抜けた青い空から風を吹かせながら、竜の姿のシュワルトが舞い降りてくる。そしてその大きな翼を動かして、瞬く間に男たちをなぎ払った。あまりの強風にバタバタと、倒れ伏していく。


「階段なんか、はなっから要らないんだよ。ミランは僕が連れていくから安心しろ。お前は心置きなくメイファンに戻るんだな」


ルォレンのミランとの会話は、耳の良いシュワルトにも届いているはずだ。嫌味を言いながらその翼を振り上げて威嚇するシュワルトを見て、ルォレンは苦く笑った。


「おい、お前。お前の叫び声の威力で、その通路の先にある地下牢をぶっ壊してくんね?」


「何でお前なんかの言うことを聞かなきゃいけないんだよ」


シュワルトがもう一度、大きな風を起こす。


「俺を拘束する場所が無くなれば、ラオレンも諦めるだろう」


「だからって、僕は関係ないもんねー。お前に協力なんかするかよっ」


すると、ミランの胸ポケットからモニが這い出してきて、肩へと登った。


「あーあ、心が狭いって、まさにこのことだな。シュワルトは小さな男だな。その点、ボクは違う。ボクのほうがイケメンな男だ」


モニは、自分の頬袋からナッツを取り出して、ドヤ顔でかじり出した。


「はああ⁉︎ なに言ってるんだよ。どう見たって、僕の方がイケメンだろっ」


「シュワルト」


名前を呼ばれ、口をつぐむ。ミランが首を傾げて、顔を向けてくるのを見ると、シュワルトはわかったよと言って、通路へと飛んでいった。


通路の奥からどんっと音が響いてくる。その音と同時に地面が揺れると、ルォレンはミランに向かって言った。


「これで説得しやすくなった」


そのルォレンの言葉に、くすっと笑う。ミランの目に涙が自然に滲んできた。


「……また会えるか?」


そう言ったミランの額に、ルォレンが額をくっつけてくる。ミランの肩に乗っていたモニはいつのまにか胸ポケットへと戻っている。


「もちろんだ。ミラン、必ずまた会える」


そして、額をくっつけ合ったまま、二人は笑った。


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