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女盗賊ミランと盗賊団の黒蛇  作者: 三千
第十一章 二人の距離
51/54

五十


「地下はだいたい把握したつもりだったが、地下牢がどこにあるのかは全く見当もつかないな」


ミランがそう呟きながら、パンを一口、かじった。焼きたてのパンからふわっと湯気が上がり、ミランはその湯気をパンの香ばしい香りと一緒に吸い込んだ。


「うわ、これおいしいー、おいしー」


くるみ入りの黒糖パンを食べながら、モニが何度もそう呟く。


テーブルの上に程よく盛られたパンは、焼きたてパンらしく湯気をくゆらせる。黒糖の甘い香りも加えて、至福の空気が店内を包む。


店のカウンターの奥からはパン窯の扉の開閉音が、せわしなく聞こえてきている。


「このパンが一番人気ってのもわかるね」


シュワルトも二つ目に手を伸ばしながら、右手で持っていたコーヒーカップを口に寄せる。ごくっと音をさせて飲み、二つ目のパンを頬張ると、んーと唸って幸せそうな顔をした。


「おかげさまでね、作っても作ってもすぐ売れちゃうの」


店番を任されているこのパン屋の娘も、そんなシュワルトの顔に負けず劣らずの、ニコニコ顔だ。


「この前はごめんね。店の前の地面に大穴を開けちゃって」


シュワルトが申し訳なさそうに言うと、女の子は笑って言った。


「ううん、いいの。すっごく驚いたけどね。それにあの後、ちゃんと直してくれたから」


「そうだね。元通りってわけにはいかなかったみたいだけど」


店の外に目をやる。こんもりと盛られている土砂を見て、シュワルトは苦く笑った。


「穴が空いたからって、埋めんなよな。単純バカめ」


毒づくと、ミランに軽く睨まれる。シュワルトはそれも気に入らないと、ふんっとそっぽを向いた。


「……また、地下道の探索から始める?」


そっぽを向いたまま問うシュワルトに、ミランがパンをちぎっていた手を止めた。


「まあ、そうだな」


「そりゃそうさ。地下道を探索して牢屋の場所をだいたい、把握しなきゃね」


モニはパンを食べ続けている。膨らんだままの頬を見ると、頬袋にくるみを選り分けているらしい。


「見てくれよ。ボクの方は準備オッケーだよ」


地下道探索に使うナッツを頬袋に集めると、モニは得意顔で頬を両手で包み込んだ。


が、ミランは立ち上がると、「いや、モニ。今回は、私が一人で探す」


置いてあった大刀をシュワルトへと渡す。ポケットから金を出すと、テーブルの上にチャリンと置いた。


「お前たちは出てくるなよ」


言い含めて、ドアへと向かう。


「ミラン?」


二人は疑問を口にする間も無く、開け放ったドアからミランの行動を見守っていた。


パン屋の前の、埋め立てた小高い山へと駆け足で上がる。


「ミランっ、何をするんだっ」


「み、ミランっっ」


ミランはその場で、息を吸い込んだ。そして、ありったけの声で、「メイファンよ、今からお前たちのお宝を奪いにいくぞっ」


周りに響くように、ミランは叫んだ。


「私はミラン‼︎ お前たちの宝を盗んだ者だっ‼︎」


すると、どこからともなくぞろぞろと男たちが現れた。


「あーあ、ミランってば」


「……ミラン、やってくれたな」


モニとシュワルトは真っ青な顔と呆れ顔を交互に浮かべると、開いていたパン屋のドアをそっと閉めた。


✳︎✳︎✳︎


「お前がミランか?」


真っ白な白髪が印象的で、ミランはなぜか翼人ティアの純白の翼を思い出した。一人の老人を前に、ミランは後ろ手に縛られて、身動きは取れない。


メイファンに捕まれば自動的に地下牢へと辿り着くだろうという考えは浅はかだったようで、ミランはメイファンの白蛇の前で、膝を折ることとなった。


「あんたが白蛇だな?」


老ラオレンが、ははっと白い歯を見せて笑った。


「ルォレンが執着した女盗賊か。この老いた目では美人かどうかもわからないが、声はいい。艶がある」


「…………」


部屋の真ん中で床に膝をつき座らされているが、両横には屈強な男が二人、威圧感丸出しで立っている。


ミランは後ろ手に縛られたロープの強度が、動いたり引きちぎろうとしたりして、なんとかなるレベルではないことを確認すると、潔くすぐに諦めて、その手を引いた。


老ラオレンは椅子に座り、持っている杖で床をコツコツと叩いた。


「捕らえられたと噂のルォレンを助けにくるとは、いじらしい女だ」


「噂? 私ははめられた、ということか」


「はっはっは。困ったことにメイファンを抜けたいと言い出しおってな。それで、今は牢の中に入って反省を促しておるところだ」


ゆっくりと一言一言、念を押しながら言う言葉や声に、氷のような冷たさをはらんでいて、ミランはこの老人が極めて非道なる人物だということを知った。


(こんな環境の中、ルォレンは生きてきたのか……)


身震いがする思いがした。辛いと思っていた自分の人生も、大したことはなかったのでは、と思えるほどの。自分が知らない、ルォレンの半生。


「ルォレンをどうするつもりだ」


痛みのある手首。容赦なく縛り上げられた時、迂闊にも悲鳴をあげるところだった。


「どうもこうもない……奴はメイファンの首領なのだぞ」


「ルォレンは無理矢理、ここに連れてこられたと言っていた。首領という位置も、本意ではないんじゃないか?」


「まあ、そうだな。なかば、強制的に連れてきたようなものだった」


(やはりそうだったのか……)


「だが、そこはわしが助けてやったのだと主張したいところだ。なんせ、酷く暴力を振るわれていたのを救ってやったのだからな」


「なんだと?」


ミランの声が跳ねて、老ラオレンの顔も少し上がった。


「知らぬのか。あれはわしが以前、食料などの取り引きをしていた中央市場だったか……市場の南寄りの広場でルォレンは大男に蹴られたり殴られたりしていたのだ」


「ま、まさかっ。ルォレンはそんな男じゃない……なかった。心根は優しいがとても弱かった」


「そうだな。その男にやり返すこともできずに、ただ頭を抱えていただけだったからな。軟弱な子どもだと思った記憶がある」


「…………」


「だが、わしがその大男を追っ払ってやったにもかかわらず、そこに落ちていたバナナだかリンゴだかを抱きかかえて離そうとしなかった。その時の目が気に入ってなあ。そのまま連れていったのだ」


「バナナ? リンゴ? そんなはずは……」


幼い頃は、ミランが盗んできた食べ物を分け合って、二人、生きていた。ルォレンは足も遅く、身体が弱かったため、盗みには向かない。ミランも盗みがバレた時は酷く怒鳴られたり殴られたりしたが、さすがにあれはキツいだろうと、ルォレンにはやらせなかった。


老ラオレンが声を上げた。


「ああ‼︎ あれは確かにバナナだった。そういえばそうだ。そのバナナを食べさせたい女がいると、ずっと抱えて泣いていた」


頭を殴られたような衝撃を感じた。ルォレンが自分にバナナを食べさせようとして、盗みを働いた末、それに失敗したのだということに。


「その頃から、ミラン、お前の名をよく聞いていた。それが、孤高の女怪盗と繋がるとは思いも寄らなかったがな」


ミランはすかさず言った。


「抜けたいと言っているなら、手を放してやれ」


「ルォレンが邪なことを考えるようになったのは、お前のせいでもある。責任を取ってもらおうか」


ミランが眉を歪める。


「命なら、惜しくない」


老ラオレンは目を見開いた。そして、高らかに笑う。


「ははははっっ、お前の命などもらってもなあ。お前の名は馬の脚の部族によって、すでに死したも同然だ」

「ならば、あんたの元で働こう。私に盗めぬものはない」


「そうだったそうだった。ミランよ、お前は女盗賊だったな」


老ラオレンが、ニヤと笑い、その見えてはいない目をミランへと向けた。


「では、あの翼人を盗んでこい」


今まで微動だにしなかったミランの身体が、小さく揺れた。だが、ミランは白蛇を見続けている。


「ははは、いや、元々はわしらのものだったのだ。それをお前が奪っていった」


「何を言う。ティアはリンドバルクの妹君だぞ。それを奪ったのは、あんたたちだろう」


「わしではない。ルォレンの勝手だ」


ぴしゃりと言い放ち、白蛇は杖をつきながら、よろよろと立ち上がった。おぼつかない足取りでミランの前へと進む。


ミランの両隣にいた男の一人が、手を貸そうとして、その手を杖ではたかれた。


「ミランよ、翼人を奪ってこい。そしたら、ルォレンを手放してやってもいい」


「……それはできない」


老ラオレンは杖を振り上げた。杖の先はミランの肩に当たり、その先にありったけの力が込められて、肩に痛みが走った。


老人の力であるにもかかわらず、杖の先が肩に食い込む。


ミランは肩を押されて、真正面から上半身をずらした。


「なら、仕方がない。連れていけ」


その言葉に二人の男がミランの両腕を掴んだ。引っ張り上げられ立ち上がると、そのまま部屋を出され、そして廊下を真っ直ぐに歩く。


突き当たりにある薄暗い階段を降りていくと、陰鬱な鉄格子の牢が並んでいて、ここが地下牢だということがわかった。


(ルォレンはここにいるのだろうか……)


ミランはルォレンの所在を一つ一つ確認しながら、歩を進めていった。


「大人しく入っていろ」


一つの牢の前で止まり、男が牢の扉を開ける。後ろ手に縛られていたロープは、男がナイフで切って、両手は自由となった。


が、鉄格子をその手で掴んでみても、その頑丈さに嫌気がさしただけだった。


(……このように地下深くの牢では、シュワルトがいくら叫ぼうと地上から大穴は開けられまい)


薄暗い闇の中、扉が閉められギギギと音を立て、響き渡っていく。カギがガチャリと閉められる。その反響音で、奥にもまだ牢が続いていることを知った。


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