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女盗賊ミランと盗賊団の黒蛇  作者: 三千
第一章 女盗賊ミラン
5/54


「何ともまあ」


「なんでしょ、あれは」


「不躾にもほどがある」


ざわっと、騒々しくなった。


リンドバルクが開いた宴席には、大勢の来賓が参加していた。隣国の要職者やその息子や娘たちが、床に敷いた分厚い絨毯の上に、ずらりと座っている。


その後ろには従者や女官が立っており、団扇で扇いだりと主人の世話をしている光景があった。


ミランは、宴席に入ると、直ぐにリンドバルクを見た。


中央に座っているリンドバルクの両脇には、やはり双子の用心棒が剣を腰に差している。


目が合うと、リンドバルクは大声で言った。


「おお、やはり俺の見立てに狂いはなかったな。とても美しい」


さらに会場がざわっとした。この場の秩序を乱すような女を、リンドバルクが招待したとわかったからだ。


ミランが、リンドバルクを見据える。


そんなミランの態度も気に入らないのだろう、さらにあちこちで、ヒソヒソ話が上がった。


「なんですかね、あれは」


「礼儀も何も、あったもんじゃない」


こそ、と話す気もないのだろう、宴席中に非難の声が響き渡る。


それを一喝するように、リンドバルクは声を上げた。


「ははは、気に入ったぞ。まさか、ドレス姿に刀を提げてくるとはな」


会場は、しんと波打ったように静かになった。


絹の滑らかな生地一枚で作られたドレスが、ミランの細っそりとしたしなやかな身体のラインを浮かび上がらせる。その細い腰に施された豪華な刺繍のデザインを、まるで邪魔者扱いするかのようにさげた大刀が、カチャと音を立てて、部屋に響いた。


「……だが、それでも美しい」


リンドバルクが、目を細めて言った。


ミランがそれを無視して、女官に案内された場所に座ると、やはりあちらこちらからひそめた声が聞こえてくる。


リンドバルクから、ふたとこほど離れた場所で、ミランは正座をして座った。真ん中に座するリンドバルクからはよく見え、そして気軽に話しかけることのできる距離だ。


その二人の距離からも、リンドバルクがミランを特別に目をかけていることがわかり、ひそひそ話はさらに盛り上がった。


ミランの後ろについてきたシュワルトが、ミランの背後に回り腰を落ち着ける。


「あれが依頼主?」


後ろからシュワルトが囁くように訊いてくる。


「ああ、そうだ」


「うわ、モテそう。僕のライバルと言っても過言ではない」


さも嫌そうに勝手にライバル認定をしているシュワルトを放っておき、ミランは周囲に目を配った。


(気になる輩はいないようだが、)


料理と酒が振舞われ始める。


ミランはそれらを受け取ると、自分の前に置いた。


その時。


一つの視線を感じた。


その視線は自分に向けてではなく、国主リンドバルクへのもののようだ。


(それならまあ、あの双子が何とかするだろう)


料理に視線を戻す。鳥の蒸したものと、焼いた魚。それぞれに違ったソースがかけてあり、野菜で飾り付けされている。


「モニ、残念だがナッツはないようだぞ」


腰に下げた麻袋に向けて、囁く。


「梅酒はある?」


「ある」


「ならばよし」


ミランが運ばれてきた食前酒に手を伸ばそうとしたその時。


ガシャンっと大きな音がして、左右の窓ガラスが割れて飛び散った。


バリバリと割れたガラスを踏む音をさせながら、二人の黒装束の男が、バルコニーから侵入してきたのだ。


「なんなんだ、お前たちはいったいっ」「きゃああ、」「助けてええ」


悲鳴が上がる中、ミランはバルコニーへと視線を移した。バルコニーには、見張りの衛兵が二人、重なり合うようにして倒れている。


視線を戻すと、黒装束の賊に対して、双子の用心棒ルイ、ライが剣をすらりと抜くところだ。


剣を構えると、リンドバルクを守るように前へと進み出でる。


「何者だ」


リンドバルクの低く抑えた声。


黒装束は無言で、持っていた剣を振り上げた。


ミランはその様子を冷静に見ていた。


「あーあ、せっかくの宴があ」


シュワルトの悲しそうな声を後ろに聞きながら、ミランは立ち膝になった。双子と黒装束は二対二なのでさすがに剣にまでは手をかけなかったが、身体は自然と戦闘体勢へと入る。入りながらも、その様子を観察し始めた。


双子の用心棒もそうであったが、狙われているだろう当の本人リンドバルクにも焦りは見えない。


その冷静さはこのような襲撃が日常茶飯事なのだということを知らしめている。


(国主様というのも大変だな)


黒装束が各々、振り上げた剣を、双子の用心棒が同時に剣で受ける。キンッ、キンッと耳をつんざく音が、天井の高い大広間に響く。


片手で相手の剣を制しながら、空いているもう一方の手で、ルイが棍棒を、ライが鞭をすかさず取る。


そのため、黒装束は一度、後ろへと飛び退いた。その隙をついて、ライの鞭がしなやかに踊り、所々でバシンっと空気を切る音を二度、させた。相手を威嚇するには、いい音だ。


そして、再び。


ライとルイが襲いかかってくる剣を受けた時。


一人の女が、ホール中央へと躍り出た。


女官姿。が、見ると片手には短剣を持っている。


女は真っ直ぐに走ると、あっという間に双子の間を抜け、そして一直線にリンドバルクへと向かった。


「やあああぁっ」


甲高い雄叫びが上がったかと思うと、ライが女めがけて鞭を走らせた。それをひょいとかわして、さらに突進する。


リンドバルクが立ち上がった。


そこへ短剣を携えて走り込む女の姿。


「国主よっ、頭を下げよっっ」


ミランがすかさず、そう叫びながら腰に差した短剣を女へと投げると、女はそれに気づき、飛んできた短剣を持っている短剣で払い落とした。


その俊敏な動きから、双子を抑えている黒装束二人と同等な、しかも特別な訓練を受けていることがわかる。


ちら、とその方向を見ると、リンドバルクは言われた通り、腕を盾にして頭を下げている。


ミランはすかさず、大刀の柄に手をかけて走り込んだ。


短剣を払いのけた拍子によろけたのか、片膝をつき、体勢を立て直そうとする女。


ミランはその女とリンドバルクの間に膝立ちで身体を滑り込ませながら、大刀をすらりと抜く。


実は、ここにミランが女盗賊として名を馳せることとなる理由がある。


その身体能力と身の軽さ。


中腰のまま身体を起こすと、ミランは女の喉元にその切っ先を突き上げた。


「くそっっ」


女は汚い言葉を吐くと、後ろへとバク転で一回転し、ミランとの間合いを取った。


ミランもその様子を目で捉えながら、そろりと立ち上がる。女の背後で、双子の用心棒と黒装束が交える鋼がぶつかり合う音がしている。


「女よ。国主殿が、何者だと尋ねておられるぞ」


ミランが冷静な口調で言うと、女は、べっとその場に唾を吐き出した。


「…………」


もちろん女の口は堅い。


ミランが大刀を構え直すと、女はじりじりと下がっていた足を、ようよう前へと向け、蹴り出した。


短剣をかざして突っ込んでくる女を、ミランは待ち構える。


が、女はミランの前でその短剣を真横に放り投げた。短剣は直ぐ横にあった大柱に、垂直に刺さった。


(何をするつもりだ)


ミランがその短剣に視線を流すと。


女は、その大柱に向かって方向転換し、刺さった短剣の柄を台にして足を掛け飛び上がり、ミランの頭上を軽々と飛んだ。


飛びながら、女は腰から新たな短刀を出し、握り直す。


「やあああああっっ」


雄叫びを上げながら、女はミランの後ろに立ち竦んでいたリンドバルクへと飛びかかっていった。


ミランはそれを見て、振り向きざまに大刀を空に滑らせて切った。その切っ先が、もう少しでリンドバルクの頭上を掠めるのではというほどの至近距離で、大刀を止める。


そのミランの大刀に邪魔をされた女は空中で体をくねらせて、リンドバルクの横へと着地した。


すぐにリンドバルクに向かって短刀を向ける。


ミランは、大刀の向きを直ぐに変えると、そのまま女の体めがけて、振り切った。


女は、慌てて短刀を引くと、後ろへとジャンプし一回転、二回転と逃げる。


ミランが大刀を構えると、女も短刀の刃を下側にし持ち替えた。


「さあ、まだやるのか」


ミランが問うと、女が持った短刀をかざしながら、じりじりと足を進めてくる。


「…………」


「わかった」


ミランは自分のスカートの裾を掴み上げると、そのまま刀の刃に当てた。


ビリビリっと音がして、ぱっくりと足元にスリットが入る。


「うわあ、せっかくのドレスがあ。ももももったいない」


腰に下げた麻袋の中でモニの声がしたが、ミランは自由になった足をさらけ出して広げると、がっちりと構え直した。


かかとの高い靴はすでに脱ぎ捨てていて、裸足の足裏が床の温度を吸う。


しっとりとした足裏が、床を強く蹴るにはもってこいだ。


「リンドバルク様っっ」


そこへ、黒装束の一人を倒したルイがリンドバルクの前へと戻った。ミランとは距離を置いて、剣を構える。


棍棒は、そこいらに投げ捨ててあり、ルイは剣を両手で握った。


ライはもう一人の黒装束と戦っている。


ちらっと目を配る。周りに人はおらず、来賓はどうやら蜘蛛の子を散らすように、逃げていったようだ。


「二対一では分が悪いぞ」


ミランが低く言うと、女は身じろぎした。


「もうすぐ弟が勝って、三対一になるがな」


ルイが言い放つ。


ここで観念したのか、女が踵を返して走り出した。ガラスが散乱するバルコニーに飛び込むと、手すりをひらりと超えて、中庭を走って逃げていった。


その様子を見てから目を戻すと、ライが倒した黒装束が同じように倒れている。


「リンドバルク様、お怪我はありませんか?」


ルイが跪く。そして、ライも後からやってきて、すかさず跪いた。


リンドバルクは椅子に腰掛けると、天を仰いだ。


「ああ、ミラン。お前がいなかったら、どうなっていたことか」


「もう一人、用心棒を増やすのだな」


ミランが大刀を鞘に仕舞う。


「宴は終わりだ」


そして、ミランは倒れた黒装束をまたぐと、散らばった料理の間を器用に避けながら、部屋を出ていった。

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