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女盗賊ミランと盗賊団の黒蛇  作者: 三千
第十章 それぞれの想いの中で
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四十八


「この傷はどうしたのだ?」


頬の傷を指でなぞる。言いにくそうな様子を見せながら、ルォレンは鼻の頭を掻いた。


「これはまあ、猫に引っ掻かれたようなものだ」


あはは、と笑うと、ルォレンが心底、嬉しそうな顔をした。


「それはそれは、大した猫だな」


「まあ、な」


ルォレンの笑顔がすっと消え、真剣な目で見つめてくる。


「必ず、迎えにいく」


唇の動き、クローズアップされる。脳に直接響く声。


「一緒に生きて欲しい」


ルォレン、そう呼んだはずなのに、耳に音は届かない。


「ミラン、返事をしてくれ」


急かされ、返事をするが、やはり声が届かない。


ミラン、ミラン、なんとか言ってくれ、もう俺は必要ないのか、好きではないのか、やはり憎んでいるのか、ルォレンの声だけがぐわんぐわんと脳を駆け巡る。


(ルォレン、わたし……)


返事を返すところで、目が覚めた。


いつもの夢。


馬の脚の部族、ハルージャの寝室で夜明け、ベッドの中でルォレンと話した内容に即している。


だが、その内容もまた、夢を見るごとに少しずつ変化していく。だから、実際にベッドの中でルォレンと何を話したかなどは、しっかりと記憶に残っていないような気もしていた。


(ルォレン、もう会えないのかも知れないな)


相手はリの国一番の盗賊団の首領なのだ。


「……そうか、もう会えないのか」


「ミラン?」


見上げると、シュワルトの顔。イケメン顔を歪ませて、ミランを覗き込んでいる。頭の下に両腕を入れ、ごろんと寝転がっていたミランは、シュワルトの顔を見て、我に返った。


「こんな所で眠ってたら、風邪引くぞ」


「ん? ああ、そうだな」


よっこらしょと上半身を起こすと、腕を後ろについて、空を仰いだ。風が、ざっと吹き抜けていく。


青空に白い雲がたゆたう様子を、目の中にぼんやりと入れてみる。


ミランはすでにリンドバルクの宮廷を離れ、自分の根城へと戻ってきていた。


宮廷を去る時、ティアが涙で見送ってくれた。


来月、リンドバルクはハの国の国主の娘と結婚するという。


「ミラン、それでも私はやはり、兄様の側にいたいのです」


驚いた。ティアに出会った頃の、あの弱々しさはどこへいったのだろう。そして、 その清々しさに、胸がすく思いすらした。


「兄様の想いを知ることができて、とても幸せです」


(これが想いの強さ、ということか)


ミランが思うと、ティアが笑って言った。


「大丈夫、兄様にいただいた想いは、ベッドの裏の隠し場所に」


———大切に大切に、仕舞って隠しておきます。誰にも、奪われないように。


ティアが見送りの手を、いつまでも振ってくれ、ミランもシュワルトもモニも同じように手を振り続けた。

自分の家へと戻ると、ミランは死んだように三日の間、眠り続けた。


夢を見る。


ルォレンが、囁いてくる。


だが、いつも。答えようとしても、答えられない。毎回、じりじりと焦れながら、ミランは返事を胸の中で温めるようになった。


(……ルォレン)


きっとルォレンは来やしないのだろう。自分の、この居場所を知る由もないのだ。来るはずがない、来るはずがない。何度も言い聞かせ、わかっているつもりでも、胸の中はほわりと温かかった。けれど、その内。その温度は、痛みへと変わっていった。



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