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女盗賊ミランと盗賊団の黒蛇  作者: 三千
第十章 それぞれの想いの中で
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四十六


「すまない、遅れを取ってしまった」


「ミラン、おかえりなさい」


迎えにきたティアがミランから荷物を預かる。その姿を見て、何もできなかったティアが、料理や洗濯だけでなく、このような気遣いまでできるようになったのだな、と感慨深い気持ちになった。


「予定外のことが起きてしまって……待たせただろう。すまなかった」


「……いえ、大丈夫です」


にこっと笑った顔に違和感を感じて、ミランは怪訝な目でティアを見た。


ここは、翼人つばさびとの里。


桃源郷と比喩されるほど、美しく趣あるゆったりとした雰囲気の漂う場所だ。高い山々に囲まれているためか、一見閉鎖的にも見えるのだが、やはり他の部族を寄せつけない何かがあるのだろう、ミランが到着した時にも、他所者を嫌うような視線をところどころに感じて身が固くなった。


「どうだ? みなは優しく接してくれるか?」


「はい、」


簡素な短い返事に、ミランは嫌な予感を覚えた。


いや、それだけではない。


驚いたことがある。


里の翼人の、翼の色。ティアの真白の翼とはほど遠い、灰色の翼だ。グレーとまではいかないが、明らかにティアの純白の翼よりも薄黒く濁っている。


里を歩き出してすぐ、他の住人である翼人を見て、ミランはそのことに気がついた。


(一体、どういうことなのだ?)


ティアと行動を共にしていたモニが、ミランの肩に駆け上がってきて、耳打ちする。


「……ティアはここに住めないかもしれない」


明らかな落胆の声。


「どういうことだ? ティアはここから連れ去られたのだろう? 当然、仲間なのだから受け入れられるはずだ」


里の長老の家へと案内され、ひとりの老人の前にミランは座った。顔に刻まれる皺の走り方で、その苦労が一目でわかる、威厳のある人物だ。


「まずはティアをここへ連れてきたのは、間違いであったと言わせてもらおう」


老人は長く伸ばした白髪を後ろで一つに縛り、その束を片側の肩から垂らしている。その束を手で撫でながら、ミランに向かって言った。


「その真意を教えてくれ」


長老は息を吐き、そして足を崩してあぐらをかいた。


「……ティアは異端なのだよ」


「異端?」


「翼の色だ」


「……では、ティアはここでは特異な存在だということか」


ミランも遠慮なく言葉を交わす。そんなミランの隣で正座をし、ティアは身体を縮こまらせて、小さくなっている。


「昔、リの国の先代の国主サイゲルが野犬に追われてここへ逃げ込んだことがあった」


「リンドバルク殿の父上か」


「その時、彼はティアの母親に出逢ったのだ」


「ティアの母上も、この翼なのか?」


「いや、母リリスはわしらと同じ翼だった」


「ではティアは突然変異、というやつだな」


「そうだ」


「リリスはティアを抱えてから、狼狽え戸惑い、右往左往しておった。ティアの父親が誰かは言わなかったが、誰にも頼れないと嘆いているうちに、そのまま寝込んでしまったのだ。だからサイゲルに救いの手を求めたのだろう。引き取ってもらえるよう、懇願したのだと思う」


「…………」


重苦しい空気が流れてくる。それは体積を徐々に増やしていって、反対にティアの存在をかき消してしまうように思えるほどだった。


ミランはすでに、ティアがここに留まることの困難さを感じていた。


「困る、ということか」


「狙われるのだ。翼人の翼はもとより、ティアの翼は高値がつく。ティアのような存在を知らない者もいるが、知れば大金持ちになれると血眼になってティアを奪いにくるだろう」


ミランが、怪訝な顔を浮かべて問う。


「……翼を何に使うのだ?」


「羽根を乾燥させ煎じて飲むと、身体にいいそうだ」


ひっと、モニの喉が鳴った。同時に胸ポケットがもぞもぞっと動く。ミランはティアを盗み見た。若干青ざめてはいるが、ティアは気丈にも背筋を伸ばしたまま、長老の話を聞いている。


「先代の国主はそれを知って、ティアを引き取ったのだな?」


「サイゲルがそれを知って引き取ったのかどうかは分からん。ただ、ティアの母リリスは必死で頼み込んでいた」


「母上は今どこに?」


ビクッとティアの身体が小さく跳ねた。膝元で握っているこぶしに力が入っている。ミランがちらと目を横に流すと、それに気づいたのか、ティアもミランを見た。目には涙が滲んでいる。


「死んだ。ティアが去ってからすぐにだ」


「……そうか」


ミランは顔を戻して、長老を見た。今さらになって、老人特有の香りが鼻に届いてきた。自分がここにきてようやく、緊張が解けたことを知った。


老人の住むこの家自体に、染みついている匂いなのかも知れない。懐かしいような気もしたが、ティアなどはもっと昔を回顧しやまないだろう、そう思いミランは先に進んだ。


「……ティアを預かってはもらえそうもないな」


「すまないが、わしもこの部族を守る義務がある。ティアを狙ってくる者も少なからず出るだろう。恥ずかしい限りではあるが、わしらの部族はあまり強くない。用心棒を雇って、守ってもらっているぐらいだ」


「なるほど、だからこのように警戒されるのだな」


ミランがこの地に降り立った時の、他所者への厳しい視線を思い出し、苦笑する。


「わかった。すぐに出て行くが、二日、猶予をくれまいか?」


「よかろう。では、二日後に出ていってくれ」


話は終わったが、ティアは顔をなかなか上げようとはしなかった。けれど、先に到着していたティアは、すでにこの話を聞いていたようで、瞳を潤ませた程度で、泣きはしなかった。


ミランとティアは長老に家を後にした。ティアが貸してもらっているという来客用の家へと向かう。


けれど、その途中。ミランは足を止めた。


「世の中というものは、こんなにも苦しいことや辛いことばかりで構成されているのだろうか」


隣で同じように足を止めたティアは、ミランの横顔を窺うと、無理にも笑って言った。


「誰にも、どこにも必要とされていないなんて……生きる価値や意味があるのでしょうか?」


そんなティアも、最愛の兄リンドバルクから、暗殺者を差し向けられた身だ。ティアは自分が兄から疎まれ、死んでもいい、いや、死んだほうがいいと思われていることに、心を壊されようとしていた。


そして、同族からのこの仕打ちが、弱ったティアへと追い打ちをかける。


「私に生きる意味なんてないのかも知れない……」


心の呟きがこぼれても、仕方のないことだった。


けれど、この言葉には、モニが真っ先にミランの胸ポケットから出てきて抗議した。


「ティア、ティアのこと、みんな大好きだよ。ボクのナッツだって、半分こしたじゃないか。だからそんなこと言わないでよ……」


モニが大きな目に涙をためている。ティアがその様子を見て儚く笑うと、ティアはミランに近寄り、肩に乗っているモニを手で、そっと抱きしめた。


「モニ、ありがとう。私も大好きよ」


ただ、空が暗くなってきたのもあるのか、ティアの全身が雲にでも覆われて消えてしまうのではないかと、ミランには見えた。


自分にも身に覚えのある、生きるということの厳しさ。それを考える時、人はこうも儚げに見えるのだろうか。


(これが……たったひとりで、生きることの辛さなのか)


じんっと、胸に迫るものがある。


ミランが口を開いた。


「『生きていたくない』」


その言葉に、皆がぎょっとした。


いつのまにか、シュワルトも人の姿でミランの傍に立っていた。


「……ミラン」


ミランが続ける。ティアも涙に濡れた瞳を向けている。


「……そう思っていたんだ」


薄暗がりに、ジャリと砂を踏む音が響く。


「けれど、それがいつのまにか『生きてもいいのだ』と、思うようになった」


顔を見合わせる。いつもの三人に、ティアという存在が混じる。


「それがいつか……」


『生きたい』に変わる。


「ティア、おいで」


ミランが両手を広げる。嗚咽を抑えて泣いていたティアはミランの腕の中に飛び込んだ。


「ううう、うああ、」


ティアの背中を手でさする。そこへシュワルトが入ってきて、抱き合っている二人をそのまま抱き締めた。モニもミランの肩からティアの肩へと飛び移り、ティアの頬に顔を寄せている。


四人は夜の帳が下りるまで、そのまま抱き合って泣いた。それぞれに、温かい体温を感じながら。



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