四十二
(……温かい)
冬にあたる暖炉の火のような、ほんわりとした温度を背中に感じて、ミランは目を開けた。いつのまに眠ってしまったのだろう、すぐに記憶は呼び覚ませない。
まどろみながら毛布の中で振り返ると、そこにはルォレンの眠る顔があった。息がかかりそうなくらいの距離で、二人は寄り添っている。
ミランは幼い頃、大木の根元で寄り添ってパンを食べた時の、ルォレンの体温を思い出した。
(メイファンに連れていかれたと言っていた)
眠気で意識がはっきりしない。ぼうっと薄暗い部屋に、ぼうっと霧がかかったような頭。
(私を置いていったのではなかったのか?)
「……ミラン?」
ルォレンの頭が少しだけ動く。
「目が覚めたか?」
「ここは?」
「ハルージャに寝室を借りた」
「そうか」
ごそごそと衣ずれの音がしたかと思うと、ルォレンが手を伸ばしてくるのを感じた。ミランの肩に触れる。その手を腕へと這わせていって、ルォレンはミランの手を握った。
ほっと吐息が漏れた。
「……ミラン、ミラン、」
欲していたものが目の前にある。そんな切迫した意が含められた声で名を呼ばれ、ミランはルォレンに握られた手から力を抜いた。いや、全身を脱力させたのだ。目の前にいるのは、敵でもなく友人でもない、それは紛れもなくルォレンだったからだ。
「ルォレン」
その言葉を。堪能するような間。
「ミラン、もう一度俺の名を呼んでくれ」
「……ルォレン」
ルォレンは堪らないというように、握ったミランの手に唇を寄せた。
「ミラン、抱き締めてもいいか?」
ミランは、ふ、と吹き出すと、目を閉じて言った。
「この前はそんなのお構い無しに、強引にキスしたのにな」
「あれはっっ……あの時は、お前に会えた喜びと、その……お前を手に入れることで頭がいっぱいで……まさかこんなにも、き、嫌われているとは、……憎まれているなどとは、思いも寄らなかった……から」
最後の方は、言いにくそうに言葉を濁した。握った手に力が入って、ルォレンの緊張感が伝わってくる。
「これ以上、嫌われたくない。だから、慎重になっている」
「ふ、いい心がけだ」
そっと手を伸ばしてくる。ルォレンの身体が徐々に近づいてきて、ミランの落ち着いていた心臓がトクトクと鳴り始める。
「ミラン、」
両腕が身体を包むようにして背中に回される。近くなった身体の体温を感じると、ミランの心臓がさらに高鳴った。そのうち血液が全身を駆け巡って脳まで届き、意識もはっきりしてくるような気がした。首の傷までもが脈打ち、熱を持った。
「ミラン、ミラン、」
ぐいっと抱き寄せられ、ミランの頭はルォレンの胸に引き込まれた。密着した身体が火照り出す。
「ようやく会えた。やっと見つけた。ずっと探していたんだ。ずっとミランだけを想って、」
「……ルォレン」
「お願いだ、これからはずっと一緒にいてくれ。俺と一緒に生きて欲しい」
「…………」
「愛してる、ミラン。愛してるんだ。お前と離れてしまったら、俺はどうやってこれから生きていくんだ」
覚えのある感情だった。ルォレンが去った時、ミランこそルォレンを失い、もう生きていたくない、そう思ったのだ。
「お願いだ、ミラン」
ルォレンの。いつのまにか、その声が震えていた。
「お願いだ……」
ミランの心臓が次第に安らいでいく。ルォレンの体温。声、そして優しく背を撫でる大きな手。
目を閉じると眠気に襲われ、ミランは遠くにルォレンの言葉を聞いている。
「ミラン、キスしてもいいか?」
その言葉に、ふふと笑う。頷くと、すぐに唇を奪われた。
頬を手で撫ぜられる感覚。ふわふわと心地よい眠気に見舞われて、ルォレンのするがままにさせた。長いキスに息が上がったが、軽く浅く呼吸をすると、また唇を強く吸われる。
「ミラン、ミラン、ミラン」
唇を離し、最後にぐっと抱き締められたのを機に、ミランは眠りに就いた。
その時。
ルォレンが息苦しそうに言った言葉が耳に残った。
「必ず、迎えにいく。ミラン、待っていてくれ。誰のものにもならずに、俺を待っていてくれ」




