四十一
「リンドバルクが兵を向かわせているぞ」
ルォレンが対峙しているハルージャに対して、言葉を投げた。それを聞いて、ハルージャの顔色が変わった。
「なんだと、……それは本当か?」
「呑気に女を口説いている場合じゃない。タオの群生地で野営をしているのを見た」
ぐっと、腕に力を込める。ルォレンはミランを抱き寄せると、自分の身体へと引き寄せ、密着させた。白い肌が熱を持っている。
傷口が開いたのか、首に巻かれた包帯も鮮血がじわりじわりと広がっていった。
「攻め込まれたくないなら、大人しく翼人を返すのだな」
ミランを抱いたまま立ち上がると、ルォレンは部屋から出ようと歩を進めた。
「翼人はすでに故郷に帰った」
「俺に言っても仕方がない。リンドバルクにそう言え」
「どこへ行くのだ」
「…………」
「出血している。医者に見せるからミランは置いていけ」
「何されるか、わかったもんじゃない」
ハルージャは両手を上げて、降参の意を示した。
「安心しろ。元気になってからまた口説く。それまではここに居た方がいい。まだ傷口がしっかりと塞がってはいないのだ。それで、あのような大立ち回りをされちゃ、おちおち心配で夜も眠れん」
「ならば、俺もここに残る」
「お前はミランのなんなんだ?」
ルォレンは抱き上げているミランに、そっとキスをした。
「恋人だ」
ハルージャは呆れた様子を見せると、踵を返して部屋を出た。どうやら仲間を呼んでいるらしい。ハルージャの大声で叫ぶ声に反応して、蹄の音が部屋の外で集まり始める。急ぎ足だということのわかる、切迫した足音だ。
(タオの群生地まで、様子を見に行かせるのだな)
ルォレンは抱き上げていたミランをベッドへと運んだ。横にすると、腕を引いて、そっと毛布をかける。頬に手を滑らせると、眠るミランは少しだけ唇を開いた。
「ミラン、生きていて良かった……お前が死んだら、俺にももう生きる意味はない」
ベッドの、ミランの横に座る。顔をずいっと近づけると、ミランをまじまじと見た。
(相変わらず、美人だ)
伏せられた長い睫毛。目尻にあるほくろ。幼い頃、木の根元の洞穴に潜り込んでミランが市場から盗ってきたパンを半分こにする時、肩が重なり合うほどくっつけて頬張る時、ふと横を見るとミランの目尻のほくろが目に入った。
(パンについた血も、その目尻のほくろも……すべてを自分のものにしたかった)
「ミラン、」
無意識に名前を呼んだ。愛しさがぶわっと巻き上げられ、ルォレンの中で嵐のように吹きすさんでいる。
すっと通った高い鼻、今はまぶたに覆われている黒い瞳。栗色の艶のある髪。白く透き通る肌。
ルォレンは、ごく、と唾を飲み込んだ。
そしてミランの唇を見つめる。柔らかくしっとりとしたその唇を開き、自分の舌でミランのそれを絡め取りたい。
指でそっと頬に触れる。
いつのまにか、涙が溢れていた。
ルォレンはメイファンに連れてこられた時はよく泣いていた。もちろん、ミランの名を呼びながら。
けれど、強くなりミランを守ると決めてからは、泣くことも徐々に減り、ここ数年は一度も涙したことはない。
「ようやく探し当て、ようやくこんなにも近くに……ミランにこうして触れられる、」
涙がポタリポタリと落ちていき、ベッドのシーツに染みを作っていく。
「ようやく会えたんだ。愛してる、ミラン」
濡れた頬で、ミランの頬に触れる。そしてそのまま、ミランの耳元で囁いた。
「愛してるんだ。お願いだから、俺を憎まないでくれ。俺を、」
目を瞑る。
「……愛してくれ」
蹄の音が遠くから近づいてくる。そのうちドアがトントンとノックされるのを待ちながら、ルォレンはミランに触れ続けた。




