三十九
「……信じられない」
そしてここにも、ミランの死を信じない者がいた。
盗賊団メイファンの首領、黒蛇。ルォレンは、部下からの報告を一蹴した。
「なにかの間違いだろう。それにそのような噂を流すなどと、馬の脚の部族の策略とも取れる」
「ですが、ミランが首を切られたところを、皆が見たと」
「やめろ」
ルォレンに鋭い眼光で睨まれて、部下の一人は肩をすくめた。
「ミランは確かに強い。それが疾風の如く駆ける馬の脚の部族であっても、ミランが負けるはずがない」
「…………」
部下のもう一人の方も、不服そうに唇を結んでいるが、ここは諦めたと見え、顎を打って部屋から出ていった。
部下が出ていくのを見送ると、ルォレンは近くにあった椅子を引いた。だが、椅子はなかなか上手いようにはこちらへと来ない。
その時初めて、ルォレンは自分の手が震えていることに気がついた。
(これは、)
全身に意識を走らせる。手が震えているだけで、その他の部分は大丈夫のようだ。
けれどようやく引き寄せた椅子に座ると、身体中の力がふっと抜け、脱力してしまったのだ。
「根も葉もない噂話で、このザマか」
深く腰掛けると、背中を背もたれに預けた。
「メナスに連絡を取らないと……」
翼人ティアを誘拐した時、手引きする者をメナスに依頼した。リの国の宰相、メナスより打診があった時、最初ルォレンは耳を疑った。その依頼が、リンドバルクの周りにある不安材料をもぐ、という理由の元、メナスはなんの躊躇もなく、ティアの誘拐を持ちかけてきたからだ。
(メナスにはよほど、ティアの存在が疎ましかったのだろう。きっと、それほど……リンドバルクにとってティアの存在が大きかったのだ)
思えば、ずきりと胸に痛みがある。
喉から手が出るほどに欲したミランを得るために、ルォレンもまた、ティアを奪ってその餌とした。
その時には平気だった所業が、今になってルォレンの心臓を締め上げる。
「きっと今頃、……リンドバルクは半狂乱だろうな」
震える手を顔の前へと持ってくる。指を広げ手のひらを見ると、しっとりと汗をかいている。
「メナスの仕業かもしれない。連絡を取って、……いや、やはりこの目で確かめよう」
それが、ミランの死ならば。
(その時、俺はいったい、どうなってしまうのだろうな)
リンドバルクと自分が重なって見える。
「マチに……別れを言っておこう」
妹のように慕ってくるマチの笑顔が浮かぶ。
もちろん、ルォレンが単独で行動するなどということは、メイファンの首領としての行動とは程遠い。白蛇ラオレンから、なんらかの制裁はあるかもしれない。命に関わる制裁かもしれないということに、十分に覚悟をつけると、ルォレンは旅支度を整えた。




