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女盗賊ミランと盗賊団の黒蛇  作者: 三千
第九章 死を以って
38/54

三十七


「……な、なんだ、と?」


メナスがちらと横目を流すと、視線はもちろんリンドバルクのそれとかち合って散った。


視線を床の上へと戻す。冷静さを取り繕うため、いつもメナスは床に視線を落としてきた。それが今回は仇になったようで、リンドバルクは激怒し、声を荒げた。


「メナスっっ、下ばかり向いておらず、詳細を説明しろっっ‼︎」


視線を上げる。そして、こう思った。


(気持ちが良いほど、全て私の思い通りにいく)


けれど、口にはしない。


「リンドバルク様、ミランは死亡し、ティア様は行方不明だと申し上げているのです」


「み、ミランは相当の手練れだぞ。ミランが死ぬなんてことはありえん……」


「馬の脚の部族の長によって、首を切られたということです」


「信じられん、そんな話は……到底、信じられんぞ」


「ミランの首は、馬の脚の部族の元にあるそうです」


リンドバルクが顔を跳ね上げた。


その顔色。色を失い、真っ青になっている。


「ティアは? ティアはどうした?」


震える声で訊き返す。


メナスは半ば呆れる気持ちを隠しながら、鉄面皮で繰り返した。


「行方知らずとなっております」


「いや、待て……ミランが馬の脚の部族の元で首を切られたのなら、ティアも一緒に居たはず、だ……まさか、まさかっっ」


「リンドバルク様、気を確かにお持ちください」


「俺が、馬の脚の部族から魔鏡石を奪ったのだ。一人の命と一緒に……」


立ち上がったままのリンドバルクが、固まっている。玉座の肘掛けについている手が、ぶるぶると震え始めた。


「馬の脚の民は俺を恨んでいるだろう。ティアは魔鏡石を持っている、俺が馬の脚の部族から奪った魔鏡石を、ティアが、ティアが、」


口の中で、歯がガチガチと音を立てて、耳の奥を裂く。つっかえ棒のようにして腕で支えていた身体は、今にも崩れそうになり、リンドバルクは改めて玉座へと座った。足腰に力が入らない。


「……メナス、メナス、」


今までに聞いたことのないような、弱々しい声に、メナスは多少動揺した。


(これほどまでとは、)


顔は青ざめ、そして一切の表情筋が、その機能を放棄している。


「メナス、ティアを助けてくれ、ティアを、」


(リンドバルク様にはお気の毒だが、ガナシュがティアも仕留めているだろう)


メナスは馬の脚の部族の一人を殺し、魔鏡石を奪ってきた暗殺者ガナシュを、ティアの暗殺を言い含めてミランの後を追わせていた。


「様子を見に行かせます」


「何を言っているっ‼︎ もし、ティアが捕らえられているのなら、た、助けなければならぬっっ‼︎ 兵を送るのだ、兵を送ってティアを助けるのだっ‼︎」


「リンドバルク様、少し落ち着いてください。兵などやったら、戦争になってしまいます」


「たとえ戦争になってもいい……ミラン亡き後、ティアを助けるのは、俺しかいないではないかっっ‼︎」


「リンドバルク様、」


「メナス、命令だ。なんとしてもティアを助けるのだ」


メナスはこの場を収めるため、はい、と了承の意を表した。ある程度、リンドバルクが取り乱すのは想定内だったが、このように乱心の域にまでいくとはと、呆れたような気持ちになった。


(これで、ティアが死んだとなれば……目の上の瘤を取るのが目的ではあったが。とりあえず兵をやり、途中で引き返させればいい)


面倒だと思いながら、長い廊下を歩く。歩きながら、メナスはこれからの策略を頭の中で巡らせていった。


✳︎✳︎✳︎


「どういうことだ、これは一体どういうことなんだっ」


自室に戻ったリンドバルクはベッドの横をうろうろとしながら時折、頭を抱えては髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。


「まさか、こんなことになろうとは。ミランを信用し過ぎた俺が悪いのか、」


ベッドにバサッと倒れて、伏せる。顔をクッションに埋めると、リンドバルクは唸った。


「……取り返しのつかないことになってしまった。ティアは、ティアはどうなったというのだ。まさか、捕らえられて辱めを受けているのでは、」


考えれば考えるほど、気が狂いそうになる。


(やめてくれ、ティアは何も悪くない。俺が全て悪いのだ、俺のせいでティアが辛い目に遭ったとしたら……)


「俺は、俺はどうしたらいいのだ……」


涙が滲み、クッションの滑らかな生地に吸い込まれていく。


「ティア、ティア、……ティア、どうしてこんなことに、どうして、どうして、」


こうなるともう、自分を責めるしかない。リンドバルクは何度も繰り返し思った。


(妹を愛してしまった、俺の罪なのか? ならば、ティアではなく俺を罰してくれっっ‼︎)


懇願とも言える言葉が次々と口をついて出てくる。


「ティアは何も知らない、何も悪くない。無実なんだ、ティアは無実なのだ……」


嗚咽が胸の奥から漏れる。それはどんどん膨れ上がってきて、リンドバルクは吐き戻しそうな気分になった。


(まさか、こんなことになろうとは……俺のせいだ、俺のせいでティアは、)


リンドバルクは顔を上げた。


顔を上げた途端、涙が頬を滑っていく。


「助けなくては、……ティアを助けなければならな、い、」


ふら、と頭が揺れる。ぼんやりと視点の合わない瞳。


(ティアを失うことがあったなら、俺はどうやって生きていけばいいのだ、)


迷路のような心を抱えて、リンドバルクは放心した。



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