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女盗賊ミランと盗賊団の黒蛇  作者: 三千
第八章 馬の脚の部族の長ハルージャ
35/54

三十四


「これも、食べて」


シュワルトが持ってきた木の果実を、幼いミランは大人しく口にした。


ミランとシュワルトの間で、食べる食べないで一悶着あったが、シュワルトの熱意に負けて、ミランはようやく食べ物を食べた。


数日、何も食べていなかったミランの腹は、一口目を口にした途端に、ごうごうと音を立てて、そして食欲を駆り立てた。


シュワルトが持ってきた木の果実は、真っ赤に熟していて、甘みが舌を転がっていく。


「……美味しい」


ミランが薄っすらと笑ったのを見て、シュワルトはさらに飛んだ。


(人間が食べるような物の方が良いかも……そうだ、パンを貰いに行こう)


そして、人間界に出稼ぎに行っていたが、仕事がうまくいかずに戻ってきたという竜の元へと行って、人間に教えてもらったという手作りのパンを貰ってきた。


「ミランー‼︎ パンを貰ってきたよー‼︎」


シュワルトが地面に降り立つと同時に人間の形となり、貰ったパンを掲げて走ってくる。


「これ、美味しいかどうかは、わかんないけど……」


ミランはシュワルトが持ってきた毛布にくるまりながら、パンを両手でそっと受け取った。


「あ、ありがと、う」


両手の上に置いたパンをじっと見つめている。それを見て、シュワルトは焦って問うた。


「あ、あれ……? それ、人間が食べているパンってやつじゃない?」


「うん、これ、パンで間違いないよ……ただ、懐かしいなって思って」


ミランは端を千切ると、一口を口に運んだ。


ぽろっと、涙を零しながら。


「おいし」


ぽろぽろと、次から次へと涙が落ちていく。


シュワルトはその様子を見て、慌てて手で溢れる涙を受け止めた。


「み、ミラン、不味かったら無理しないで」


「ううん、不味くない。美味しいよ」


泣きながら、ミランはにこっと笑った。


「じゃあ、どうして、……泣くの? 人間が泣くのは悲しい時だよね」


「竜は泣かないの?」


「泣かないよっっ。少なくとも僕は泣いたことない」


「そうなんだ、強いね」


ぐいっと手の甲で涙を拭う。


「じゃあ、私ももう泣かない」


「……僕が側にいるよ。僕がミランを守ってあげる」


「ありがとう、シュワルト」


言葉は少ないが、ミランの表情から嬉しそうに思ってくれていることは、よくわかった。


すると。


シュワルトの心に喜びが満ちてきた。今まで感じたことのない感情だった。


幸福感というものだ。


ミランにもっと喜んで貰いたいと、シュワルトは躍起になって言った。


「僕、ミランの騎士になるっ。騎士になって、ミランを守るからね。僕だけはミランとずっと一緒にいる。絶対に離れないから安心して」


(ルォレンとかいうヤツなんて忘れて、僕だけを見て)


シュワルトの心はいつしか、ミラン一色となっていった。


✳︎✳︎✳︎


「ミランはもう大丈夫だから、お前たちも休め」


馬の脚の部族の長、ハルージャが蹄の音をカツカツと鳴らしながら、部屋へと入ってくる。


「僕はミランから離れない」


「ボクだって‼︎」


シュワルトとモニが声を揃えて言う。


「峠は越し、あとは回復を待つのみなのだ。ミランならそれもすぐだろうと、メイエルも言っている。安心しろ、弱っているヤツを取って食う趣味はない。それに、お前たちが倒れては元も子もないぞ。隣に部屋を用意してある。少し、眠れ」


「ティアの代わりに捕まえていた女の子はどうした? 約束は守ったんだろうな」


シュワルトがムクれた顔をしながら、座っている足を組み替えた。


「約束、とはミランが命をくれてやるなら、という話だったが……まあいい、それだけのことはやってのけた。女は食料を持たせて馬に乗せ、すでに逃してやった」


「馬の脚の部族の長がやることだ。信用するからな」


モニがギロッと睨みつける。


「あと……ティア、を、傷つける、な」


その声でみなが、ミランを見た。


「ミランっっ、気がついた?」


モニが慌てながら、ミランの顔に寄る。ミランの頬に顔をすり寄せると、モニはミランの名を何度も呼んだ。


そして、シュワルトもすぐにミランのベッドに腰掛け、手の甲で頬を撫ぜた。


「ミラン、良かった。ミラン、いったいなんてことをしてくれたんだ。心配したんだからな。あとで、お仕置きだからね」


シュワルトのその言葉で、くすっと笑う。


「わかったよ。シュワルト、あとでお前たちのいうことをなんでも聞いてやるから、ハルージャの言う通り、お前たちは少し休んでこい」


ミランにまで言われては、聞くしかないと、二人は部屋を後にした。


そして、ハルージャと対面したミランは、厳しさのある顔へと戻して、そして言った。


「どうやら、私は死にぞこなってしまったようだな。約束は違えたが、悪いがティアに手を出さないでやって欲しい」


ハルージャが進み出て、ベッドへと寄る。後脚を折って床に座ると、ミランとの視線の高さに、ハルージャのそれを合わせた。


「お前を助けたのは俺だ。あのままならば、お前は死んでいただろう。お前の覚悟を、今回は買ってやる」


「では、ティアを……許してもらえるか」


「ああ。良いだろう。魔鏡石も戻ったからな。仲間たちももう説得済みだ」


「有難い。礼を言おう」


ハルージャがニヤリと笑った。


「それにしても、それほどあの翼人が大切か」


それに呼応して、ミランもニヤッと笑う。


「あの子を仲間の元か、リンドバルクの元へと届けなければならない。今はそれを見極めている最中だがな」


「だが、お前が死んでしまったら、水の泡と化してしまうじゃないか。いったい誰が彼女を連れていく?」


ミランは、痛みに顔をしかめながら身体を動かすと、天井を見ながら呟くように言った。


「私のあとは、シュワルトとモニがなんとかしてくれる」


「死が、恐くないのか?」


「……恐くはない。私の側に……まあ、常に隣り合わせなのだろうな」


「そんなに死にたいのか?」


「ちょっと違う」


ミランは目を瞑った。


「お前には大切なものがあるか?」


逆に問われて、ハルージャは面食らった。けれど、真摯に真っ直ぐに答える。


「ある。俺の部族のみなが、俺には家族のようなものだ。家族を愛するのは当たり前だろう」


「そうか。ではそれを一生懸命に大切にするんだ、な、……」


ミランの声がかすれ、次第に小さくなっていく。


「……それさえあれば、生きられ、る、」


ミランは眠りに就いた。軽く、すうすうと寝息が聞こえてくる。


「お前にはないのか、大切なものとやらが」


呟いた言葉。ハルージャの胸の中に、もやがかかっていった。


けれど、そのもやを払ってでも、ミランのことをもっと知りたいという思いが強くなっていく。


「……ますます気に入ったぞ」


そして、立ち上がり、部屋を出る。ハルージャのその言葉とドアを閉める音がミランには届かないほど、ミランは深く眠った。



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