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女盗賊ミランと盗賊団の黒蛇  作者: 三千
第七章 国主の兄と翼人の妹
32/54

三十一


「シュワルトっっ、ティアを頼むぞっ」


ミランの声が飛んで、シュワルトがすぐにその姿形を変えた。竜特有の大きな翼を目一杯、伸ばしてからバサバサとはためかせる。砂埃が舞って、ミランは目を細め、その間にもシュワルトは背中にティアを乗せると、ぐんっと空高く舞った。


ティアはシュワルトの首に両腕を巻きつけ、振り落とされないようにと必死に抱きついている。その様子を見つつ、ミランは馬の脚の部族を見据えた。


「モニ、そこで大人しくしていろ。終わるまで、出てくるんじゃないぞ」


ひそっと声を掛けると、胸にポケットがもぞもぞと動き、わかった、と声が届いた。


「あの女をこちらに寄越せっ」


蹄の音を轟かせ、馬の脚の部族はその数を一人、二人と増やしていく。


どどどっと、轟音が森に響いた。樹々の深い森の奥の奥。ぽっかりと空いた空間。草はらの中、ミランは大刀をすらりと鞘から抜いた。


ミランがティアを連れて、メイファンのアジトから逃げてから、十日後の出来事だった。


魔鏡石まきょうせきを返せっっ」


「その翼人をこちらに渡せ‼︎」


あちこちで飛び交う怒声。


ミランは、大刀を構えながら、じり、と後ろへと一歩、引いた。


だがすぐに、その間合いは詰められる。


(あまり、目立つようなことはしたくはなかったが……)


相手を見る。


脚やその胴体は馬、上半身は人間の、半人半馬だ。四脚の脚で地面を蹴るため、本気で走れば草原を走る動物より速く駆けることができるという。


健脚がすでに、七人。


その七人がみな、弓矢の矢先を、ミランへと定めていた。


(これはもう、逃げられないな)


シュワルトはすでに、頭上高くを飛行している。馬の脚の部族は、弓矢を空へと打ち放たないところを見ると、どうやらその距離は十分に保たれているのだろう。


(七人を同時に相手するとなると、……かなり困難だ)


「あの竜を呼び戻せ」


「女を渡すんだ‼︎」


ギリギリと弓のしなる音をさせて、力いっぱいに弓を引く。


「悪いが、ティアは渡せぬ」


ミランが声を張り上げると、馬の脚の部族の中から進み出た者がいた。その男は、弓矢を軽く下ろしてから言った。


「魔鏡石を盗んだのは、そちらだ。大人しく返さねば、どうなるかわからんぞ」


実はミランはティアのネックレスが、魔鏡石であることを知っていた。モニから聞いていたからだ。


「希少価値がある宝石で、なかなか手に入らないんだって」


「モニはなぜ、そんなことを知っているんだ?」


「メイファンの首領が話をしていたのを聞いたんだ」


「ルォレンが?」


胸がざわついた。


「うん、あの胸くその悪い黒蛇のヤロウと、……おっと、失礼。とにかく、そいつがティアと話していたんだ。銀色の宝石ってのがすごく珍しいんだって。マキョウセキとかなんとか」


(それがこれか)


ティアの胸に輝く宝石を見て、納得した。確かに美しく、しかも見たことがない。盗賊のミランですら、今までにその名を聞くことがなかった。


「あの宝石がそなたたちの物という証拠はあるのか?」


一歩前へ出た男が、弓を振った。その拍子に弓はしなり、びゅおっと音がして、空をさいた。


「なんだと? 今、なんと言った? あれだけのことをしておいて、よくもまあ、そんなことが言えたものだ」


その睨み。背筋が、ひやっとする睨みだった。


「あれだけのこと、とはなんだ?」


「リの国国主であるリンドバルクは、俺たちの仲間を殺して、魔鏡石を奪ったのだ‼︎」


「なんだと? それは本当か?」


ミランが眉をひそめる。


「その翼人に訊いてみろっ。その女にやるために、俺の仲間を殺したんだからな」


「…………」


ミランが無言でいると、馬の脚の部族がさらに弓矢を構えて、引いた。


ミランは、大刀を両手に持ち、そして切っ先を下に向けて構えると、腹の底から声を出して叫んだ。


「お前たちの仲間は残念なことだったとは思うが、私はそんな話は知らぬ。悪いが、ここを通らせてもらうぞ」


「生きて返せるかっっ」


「カインの仇をうってやるっっ」


「矢を放てっっ‼︎」


そして、ミランへと矢は放たれた。


ミランは大地を蹴り上げると、大刀で飛んでくる矢を次々と切り落とす。避けることのできる矢は、ひらりと身体を回転させながら避け、そして向かってくる矢は大刀でかわしていった。ミランは舞でも踊るかのように、身体を身軽に動かして、その矢筋から逃れた。


「打てっっ、打てえええ」


あちこちから叫び声が上がり、そして矢は次々に放たれる。


「ミランっっ、後ろっっ」


上空から聞こえたのはもちろん、シュワルトの声だ。ミランはその声に反応して、振り返りざまに大刀を回し上げた。


キンっ、と矢じりが大刀に当たり、その度に甲高い音が響く。


(キリがないな)


たいして息は上がらないが、やはりこのまま避けるだけでは、と気持ちが凪ぐ。ミランは、大刀を目の前で左右に動かしながら、じりっと前へ進んだ。


そして。


左腕を上げた。


その瞬間、ぶわっっと風が吹き、そして凄まじいスピードで降下してきたシュワルトの脚を、ミランはその左腕で掴んだ。


次の瞬間。


ぐわっと、ミランが宙に舞ったかと思うと、すぐにもその手を離し、落ちる。


放物線を描くように、ミランは飛んだ。


「な、なんだっっ」


馬の脚の部族が、一瞬。呆気に取られた、その瞬間に。


ミランが、馬の脚の部族の一人、その背中に降り立った。


「くそっっ、こいつっっ」


男が叫ぶ。


が、ミランは構わず、その首に左腕を回すと、その回した腕にロックをかけるように右腕をしならせて後ろへと引いた。


「首をへし折るぞ」


低く、耳元で囁く。


「弓を引け」


「ぐうう、」


首を捻り上げられた男は、弓矢を放り投げると、ミランの腕を外そうともがいた。


おさっ」


「ハルージャっっ」


「動くなっっ‼︎」


ミランが声を張り上げる。弓は相変わらず、向けられてはいるが、やはり躊躇の感があった。その雰囲気を感じ取ると、ミランは腕の力を少しだけ抜いた。


「お前が長か。物見遊山でいい気なものだったな」


隊列の一番はじにいた男だった。


「さあ、みなに家へと帰るように言え」


「それは、できん」


即答だった。


「殺されたのは、俺たちの中で最年少の若者だった。リンドバルクかあの翼人の女の首かどちらかを差し出さないと、みなの怒りは収まらぬ」


「それは困った。私は盗賊ミラン。あの翼人は私が盗み返したものだ。それをやすやすと渡すことはできん。悪いが、リンドバルクの方を狙ってはくれまいか?」


「お前が孤高の女盗賊ミラン、か、……なぜ、俺を狙った」


「……こういった山深い場所に住まう部族の中では、総じて身体の大きさや力が物を言う。お前がこの七人ななにんの中で一番、身体が大きい。まさか、長とは思わなかったがな」


確かにその男は体躯ががっちりしてガタイが良く、ミランを背負った状態でも、その脚や胴体はよろりともせず、ビクともしていない。


「さあ、弓を下ろすように言え」


「……みな、弓を下ろすのだ」


そして、みながそれに従った。ミランに従わざるを得ないのは、一目瞭然であった。


各々の悔しそうに歪んだ顔。そして、悲しそうな顔。ミランは殺された若者がどれだけこの部族に愛されていたのかを知らされる思いがした。


そこへ。


はっと、ミランは顔を上げた。シュワルトが翼をはためかせて、降りてきたのだ。


「シュワルト、来るなっ‼︎ ティアを乗せて、上にいろっっ」


「ごめん、ミランっっ、それがその、ティアが……」


その背中から、さっと降りたティアが駆けてくる。その手にしているのは、まさしく。


「こ、これをお返しします」


長、ハルージャの前にひざまずいたティアの、掲げたように上げた手には、魔鏡石が。


「に、兄様が、……リンドバルクが、取り返しのつかないことを致しました。これはお返しします。どうぞ、お許しください」


「魔鏡石を返すのはもちろんのこと、お前たちは俺たちの大事な仲間の命を奪ったのだぞ。そうそう許されることではない」


「謝ったって、カインは生き返らないのだぞっっ‼︎」


ティアが顔を上げた。栗色の瞳には涙が溜まっている。その涙が、身体の震えによって、ぽろっと落ちた。


「この通りでございます。どうぞ、どうぞお許しください」


頭を地面に擦りつけて、土下座をした。


ミランはその姿を見て胸は痛んだが、そのままにさせた。


「リンドバルクは、お前の代わりに女を寄越したぞ。罪もない女に金銀を持たせて寄越すとは、よくできた兄上だ」


えっっ、とティアは顔を跳ね上げた。


「女をお前の代わりに殺していい、ということだ」


「な、なんということを……そ、その方は……」


「お前の兄のあまりの態度の悪さに辟易してなあ。どうしてやろうかと牢に入れてある」


ミランに、首に腕を回されながら、ハルージャは皮肉たっぷりに言った。


「そのうち、殺してやるがな」


「どうか、その方を……解放してください」


消え入りそうな声で、懇願する。声は震え、そしてその細い肩も震え、顔色は真っ青だった。折りたたんだ翼だけが、変わらず透明な美しさを保っているのみだ。


「……お前の命と引き換えなら、許してやろう」


ここでようやくミランが口を出した。


「ティア、他にも方法があるはずだ」


「他に方法などない。仲間が一人殺されたのだぞ。魔鏡石を、この女にやるためだけにな」


その言葉でティアの涙はさらにその量を増した。


「私の命で、その牢に入れられている方をお助けいただけますか?」


「ティア、よせ」


「ああ、いいだろう」


「兄上の愚行をもお許し願えますか?」


「お前が死ねば、リンドバルクにも苦痛を与えられるだろう」


「ティアっっ」


ガランっと音がして、ティアの前に弓矢の矢が数本、投げ捨てられた。遠巻きに見ていた馬の脚の部族の誰かが、放ったものだ。


それを見て、ミランは叫んだ。


「シュワルトっっ‼︎」


そして、空を旋回していたシュワルトがその声で降下を始めると同時に、ティアが矢をガバッと取る。


そして、真っ直ぐに喉元に向けて、握り締めた。


「ティアっっっ」


間に合わない、ミランは乗っていたハルージャの背を蹴り、ティアへと飛びかかった。その瞬間、ガランっと大刀が地に落ちた。


一瞬、時間が止まったような静けさがやってきた。


見開かれたティアの瞳から、涙がぼろぼろと溢れていく。


その瞳を、ミランは覗き込むようにした。


ティアの喉元に突き刺さろうとしていた矢先は、ミランの手のひらに刺さっている。


「……ミラン、ごめんなさい。どうか、私を殺してくだ、さ、い」


「ティア、お前は悪くない」


「ミラン、お願い、……」


ミランはティアの瞳を見た。栗色の、淡い色素が、ゆらりゆらりと揺れて、光を溜め込んでいる。


「お前は、何も悪くないのだよ」


優しく言うと、ミランは手のひらに刺さった矢を、そっとティアの手から取った。ぐっと歯をくいしばると、一気に矢を引き抜く。


ぐるっと周りに目をやると、馬の脚の部族はすでに、弓矢を構え、そしてその矢先をミランと座り込むティアへと向けていた。


シュワルトは、空を旋回している。


ミランは立ち上がり、ハルージャと対峙するように、真っ直ぐに目を向けた。


「代わりに、私の……命でもよいか?」


ミランっ、と名を呼ぶ声が遠くで聞こえたのは、シュワルトだろう。だが、胸ポケットの中からも聴こえてきた気がした。


ハルージャが、ニヤリと笑う。


「その名を広く知られたお前ならば、その代わりとなるだろう。だが、お前にできるのか?」


「ハルージャ、馬の脚の部族の長よ。約束をたがえたら、地獄からでも私がお前を殺しにいくからな」


「ははは、約束は守る。だが、お前にできるのか、と訊いてお、る、」


ハルージャが言葉を止めた。


ミランが微動だにせず、腰の短剣を引き抜き、そして自らの首に沿わせて引いた。


「ミランっっ‼︎」


シュワルトの怒声が地を揺るがすほどに響いた。


その場で座り込んでいるティアが、気を失ってその場に倒れ込む。


それとほぼ同時に、立っていたミランが崩れ落ちた。


「嘘だ、嘘だ、やめろ、やめろおおおお」


シュワルトが急降下し、すぐに人間へと変化し、ミランの元へと駆け寄ろうと走る。


「ミランっっ、ミランっっ‼︎」


けれど。


足はもつれ、うまく動かない。シュワルトはその場に倒れ込んでしまった。その顔は、血の気が引いて真っ青に変化していく。倒れたミランへと、手を伸ばす。それでも下半身に力が入らず、シュワルトは無意識のうちに、ミランへと這っていった。


目の前には倒れたはずのミラン。だが、その身体は宙へと浮いていた。


「ミランっっ」


ハルージャが、ミランを抱きかかえているのだ。


そして、ミランの首には、すでに分厚い布がぐるぐる巻きに、巻かれている。


「竜よ、その娘を連れて、俺についてこい」


ハルージャはミランを抱えて、四つの脚で走り出した。森の樹々が邪魔をするのを避けながら、ハルージャは真っ直ぐに駆けた。


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