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女盗賊ミランと盗賊団の黒蛇  作者: 三千
第七章 国主の兄と翼人の妹
30/54

二十九

魔鏡石まきょうせき?」


「はい、その宝石を持つ者を、悪いものから守ると言い伝えられています」


ベッドの中で、リンドバルクは珍しく、女の方へと顔を向けた。


リンドバルクに興味を持ってもらえ、女が嬉しそうに興奮した様子で続ける。


「素晴らしい銀色の宝石でございます」


「それは一体、どこにあるのだ?」


女の肌の、温い体温が伝わってくるほどに身体を寄せた。それはもちろん、女からではある。


「ここよりもっと先の辺境の地、馬の脚を持つ部族が持っているとの噂です」


香の匂いが漂ってきて、リンドバルクはそれを避けようと少しだけ身体をよじらせた。


「ああ、馬の脚の部族は知っている。ティアが、」


言いかけて口を噤む。女は途端に甲高い声を上げて、リンドバルクに迫った。


「まあまあ、ティアとはどこの女でしょうか?」


翼人の妹の話は、確かに知れ渡ってはいるが、人前で話すことをずっと避けてきている。女の前で口を滑らすなんて、とリンドバルクは苦く笑った。


「……俺の、妹だ」


「あの翼人の? そうだったのですね。お名前を存じ上げませんで、申し訳ありませんでした。わたくし、心配になりましてよ。またどこぞの馬の骨かわからぬ女に、リンドバルク様を盗られてしまうのでは、と」


「安心するがいい。俺にとって、女はお前だけだ」


リンドバルクが腕を差し出すと、女はそこに頭をそっと乗せた。香の匂いが、さらに強くなる。リンドバルクは女の髪に顔を突っ込んで、髪の匂いを嗅いだ。


「ただ、妹がその馬の脚の部族の土地近くの出身だ、ということだけだよ」


髪に邪魔をされて、くぐもった声となる。


(そうだ、ティアは妹なのだ)


目を強く瞑る。何度も思う。何度でも、思う。ティアは妹なのだ、と自分に言い聞かせる。


リンドバルクは腕枕でない方の腕を回して、女の髪を撫でた。


(髪は、……ティアの方がきっと、……もっとなめらかに指に滑るだろう)


夢見心地で、女を抱く。


(明日、メナスに言って……魔鏡石を取りに行かせよう……)


眠気がやってくる。女がごそっと動いたが、構わず眠りに入る。


(……ティアを、守る宝石だ。なんとしても、手に……入れな、けれ、ば、)


意識を手放した頃、もう一度ティアの名を呼んだ気がした。


✳︎✳︎✳︎


「なんだと? メナス、今なんと言った?」


魔鏡石まきょうせきを取りに行かせた時に、ちょっとした諍いになったようです」


「諍いだと? どういうことだ?」


メナスが派遣したというガナシュという男が魔鏡石を持って帰ってから、一週間が過ぎた頃だった。


「私が納めますゆえ、リンドバルク様はお気になさらぬよう、」


「メナスっ、馬の脚の部族から書状が届いているのを知っているぞっ。それを見せろと言っている」


「リンドバルク様、」


「見せろと言っているっっ‼︎」


ドンっと叩かれた机の上で、インク瓶が盛大に転がった。


メナスが胸元から書状を出した。それを奪い取ると、リンドバルクは目を縦にせわしく動かしながら、書状を読んでいく。


「どういうことだ、これは」


抑えた声が腹に響く。響いた声は、部屋全体に広がっていき、不穏な空気を作り上げていった。


「ガナシュが魔鏡石の持ち主を殺して奪ってきたようです」


「なんてことを……」


リンドバルクは少しの間、絶句し、そして書状を机の上に投げた。


「……魔鏡石を返せと言ってきている」


「存じ上げております」


「人を一人、寄越せとも……報復するつもりなのだろう」


「…………」


「なぜ、こんなことに。俺は殺してまで奪ってこいとは一言も、……」


「ですが、取ってこいと言った国主の命令は絶対です」


「くそっ、なんてことだ」


リンドバルクは数時間、頭を抱えて方法を考えた。


そして、決断を下す。


「女を用意しろ。金銀をかき集め、相応の報酬を持たせるのだ。女には誠心誠意、謝罪してこいと言え」


そしてリンドバルクは非情にも、宵を共にしていた女を選んだ。そう、魔鏡石の話を宵物語としてリンドバルクの耳に入れた女だ。


「女も金も戻らないだろう」


馬の脚の部族の怒りは、それで当面は沈静化したようだった。


女には多少気の毒とは思ったが、リンドバルクにとって、ティアを守ることが最優先だった。


魔鏡石を奪ってきたガナシュは、その強引さが罪となり、今は牢の中に入っている。もちろんその事実も伝え、馬の脚の部族の怒りを抑える材料とした。


ただ、今でも書状を送りつけてくる。魔鏡石を返せ、と。


気にはなっていたが、魔鏡石のことを考える時、銀色の輝く宝石を胸に含んだティアの美しい姿しか思い浮かばず、リンドバルクはそれを放置した。


それが引き金になり、後々そのことが原因でティアを危険に晒すことになろうとは、思いも寄らなかったのだ。


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