二
「それにしても、ここはなんて窮屈な場所なんだ」
ミランは、宮廷の中を歩きながら、そう呟いた。
「まったく、どこを歩いても女ばかりだ」
それもただの女ではない。化粧をし煌びやかに着飾った、観賞用の魚のような女たちだ。
「もーっ‼︎ なんだよ、ここはっ‼︎」
ミランの胸ポケットから、不服そうな声が上がった。
「だだっ広いだけで何にもありゃしないっ‼︎ 必要なものはメナスに頼めと言っていたのに……そもそもそのメナス本人がどこにもいないじゃないかっ」
「モニ、お前の自慢の耳はまだおねんねか?」
「失礼なっ‼︎ 足音がたくさんの割に話し声が極端に少ないから、聞き取れないんだよっ」
「それにしても、こう闇雲に探し回っていても、無駄足が増える一方だ」
ミランが、きょろと辺りを見回すと、廊下を足早に歩く一人の女の姿が見えた。かかげるように差し出した手に、何かの荷物を乗せている。垂れ下がっている布のひらひらとした感じと豪華な刺繍飾りから、女物の高級なドレスのようだった。
「すまないが、そこの方。ちょっとお尋ねしても良いか?」
ミランが声を掛けると、女官が足を止めた。
「はい、どうぞ」
「メナス殿のお部屋はどこだ?」
「……メナス様、ですか。今から近くを通りますゆえ、ご案内いたします」
「すまない」
ミランが女官と肩を並べて歩く。
二人が気の遠くなるほどの長い廊下に差し掛かった時、ふいに窓ガラスがガタガタと震え始めた。
その震えは次第に大きくなり、時々波を打つように、ガシャンと大きな音をさせる。
「きゃあ、何かしら」
女官が後ろへと後ずさった。
「窓ガラスが割れそうですわっ」
ビビビと共鳴するような音が廊下に響いたかと思うと、さらにガラスがガタガタと震える。
ミランは、溜め息を吐きながら、窓へと近づいていった。
「お客様、危のうございます」
「大丈夫だ。驚かせてすまないな」
ミランが窓を一枚、開け放つ。その瞬間、ぶわっと強い風が入り込んできた。
その風は、一つにまとめてあったミランの栗色の髪をほどくと、バサバサとたなびかせ、女官のスカートの裾をも、ふわりふわりとまくりあげた。
「おい、シュワルト、いい加減にしろっ‼︎」
ミランが叫ぶ。
すると、空から一頭の竜が降りてきて、その羽ばたきを止めた。すうっと降下し、そっと地面に足を着く。大きな翼を折りたたむと、ミランが開けた窓に、その細長い顔を突っ込んだ。
「ミラン、その女の子、紹介してよ」
普段から空を飛ぶ乗り物として利用されている竜は、このリの国の空で見かけるのは珍しくない。ただ、言葉を話す竜は数千頭に一頭の割合でしか生まれず、珍重されている。
いかつい顔が迫ってきて、女官はきゃあっと驚いて、後ろへと下がった。
「お前の女好きはもはや病気だな」
ミランが呆れて言う。
「これ、あげてくれない?」
庭園で摘んできたのだろう、バラの花の束だ。短い手を窮屈そうに顔を入れている窓から突っ込むと、シュワルトはミランへと花束を差し出した。
窓から顔を突っ込めるくらいに、シュワルトは竜の中でも小型な方だ。
「お前が直接やればいいだろう」
「わかった。自分で口説くよ」
シュワルトは突っ込んでいた顔を引き抜き、一二度足踏みをしたかと思うと、次第にその姿形を変えていった。
あっという間に、一人の男となる。
碧眼に艶のある金髪。
竜から変幻したというのにもかかわらず、紳士なスーツをちゃんと着ている。
いつ見ても不思議な光景に、ミランは慣れていた。
が、過去に一度、疑問を口にしたことはある。
「いつのタイミングで服を着るのだ?」
ミランが言うと、シュワルトはその整った真面目な顔を崩さず、返した。
「僕の裸、見たいの? いいよ、でも一つ条件がある。ミランも一緒に脱ぐんだよ」
いそいそと服を脱ぎ始めたシュワルトの喉元に、剣を突きつけたという経緯があり、それからは一切その疑問については触れないようにしている。
「この格好なら、口説きやすい」
そう言いながら開いた窓を長い足でヨイショとまたいで、シュワルトは廊下へと入ってきた。ビクビクと恐れ慄いている女官に近づくと、花束を差し出しながら、女官の腰を抱いた。
「ねえ、キミ可愛いねえ。今から僕とデートしない?」
女官が頬を染める。
それほどの、正統派イケメン顔だ。
ミランは腰に手を当てて、呆れながら言った。
「悪いが、その女性とのデートは、私が先約だ」
「えっっっ」
シュワルトが、ばっと両手を挙げ、ミランへと振り返った。
「ミランっっ、まさかオマエっっ」
驚くシュワルトの手からバラの花束を取り上げると、ミランは女官の胸に花束を抱かせた。
「さあ、こんなのはほっといて、メナス殿のところに案内してくれ」
女官の背中に手を添えて促す。
「あ、ちょっと、僕も一緒に混ぜてよっっ」
慌てて、シュワルトが女官とミランの両肩を後ろから抱くと、三人はそのまま歩いていった。