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女盗賊ミランと盗賊団の黒蛇  作者: 三千
第七章 国主の兄と翼人の妹
29/54

二十八

「あまり人目につかないように、気をつけなければな」


街を行けば、ティアの美貌に皆が気づき、大騒ぎになる。


食料などの調達は、シュワルトに任せ、ミランとティアは田舎道を選んで歩いた。


シュワルトで一足飛びに飛んでも良かったのだが、さすがのシュワルトでも女二人を抱えて飛ぶのはかなりの重労働だということで、陸路を選ぶ。


しかも、何かあった時にシュワルトには飛んでもらわねばならないということもあり、できる限りシュワルトの体力を温存しておきたいと、ミランは考えた。


メイファンからの追っ手がつくことも予想して、それなりに険しい道を通っていく。


すると、宮廷の中の狭い範囲でしか歩いたことのない、もともと体力のないティアの足が遅れるようになった。


「……すみません、足を、はあ、引っ張ってしまって……はあはあ」


「気にするな。それより、こんな道ばかりですまないな」


「いえ、私の……至らなさです」


ティアが唇を噛むのを見て、ミランはそっとティアの頬に手を伸ばした。


「お前が至らぬというなら、世のお姫様はみな、至らないということになる。あまり気に病まなくていい」


「……ミラン、」


「それに、ティアの良いところはたくさんあるしな」


ティアの顔が少しずつ明るみを増していく。


「本当? 例えば?」


「シュワルトになびかないところ」


ぷっと、吹き出す。


「そんなことがですか?」


シュワルトがこの場にいて、二人の会話を聞けば、きっとぎゃあぎゃあと不満を吐き出すだろう。


「それも一種の意志の強さだ」


「ふふふ、本当ですね」


心底、楽しいという表情をして、ティアは笑った。


「他にもある」


「他にも?」


笑顔をそのままに、首をかしげる。ティアの黒髪がフードからひと束落ち、さらりと流れた。


空高く、雲雀が回る。その囀りが、ピーヒュルルと頭上で響いた。


「お前が、兄上殿のために薬草を集めていることだ」


ティアが腰に下げた麻袋に、ふいに手を伸ばした。


「こ、これは、そういうものでは……」


「まあいい、さあ行こう」


何事もなかったかのように、ミランが先に立つ。


(あの時……)


ティアは麻袋を押さえながら、少し前の出来事に想いを馳せた。あれは、まだ盗賊団にさらわれて間もない頃だった。


さらわれた時からずっとそのままだった目隠しを取られ、眩しさに目を細めた。押し込められた部屋の中は陰気で、ベッドとイスが一つ、ぽつんと置かれている。ただ、壁側にある天蓋付きのベッドは、鉄製の格子で囲まれており、ああ、ここに入れられるのだな、と絶望する思いがした。


繋がれていた鎖を外され、外した盗賊とウェーブのかかった黒髪の男が交代する。ティアは部屋の隅へと身を縮こまらせた。


「私をどうするつもりですか?」


「安心しろ。傷つけるつもりはない。今のところは、だがな」


「私など誘拐しても、兄様はお金なんて払いません」


「金など払ってもらわずとも……」


男の名はルォレン。ここへ来るまでに何度もその名を耳にした。この盗賊団の首領ということで間違いないだろう。


言葉を止めたそのルォレンの視線が、自分の胸元に注がれている。


「これは、珍しい宝石だ」


そう言いながら近づいてくる。ティアは恐怖に打ち勝つためにも、大きな声を張った。


「こんなもの、いくらでも差し上げますっっ」


首から提げていたネックレスを引きちぎり、ルォレンに投げた。しかし、大きく張った自分の声にも驚かされ、そしてルォレンの腰に剣が帯刀されているのを見つけてしまうと、その恐ろしさで手が震え、ネックレスはあらぬ所へと飛んでいってしまった。


それを、ルォレンが上手に片手でキャッチした。キラリと銀色の宝石が光を放つ。


「おっっ……とぉ。ふうん、これは凄いな」


ティアが窓のない部屋の壁に寄って身体を小さくしていると、ルォレンはそのままティアへと近づいてきて、ネックレスを再度、ティアの首へとかけた。


「この宝石は、魔鏡石まきょうせきと言ってな。悪いものを跳ね返すと言われている『鏡』に似ているとして、重宝されている。この世には色とりどりの宝石が存在するが、このような銀色の石は珍しいんだ。これを探し出してお前にやるとは、お前の兄もなかなか良い趣味をしておられる」


にやっと笑った笑みが、不気味に見えた。けれど、そんな印象も次の言葉でころっと覆される。


「お前を……守りたかったのだろうな」


魔鏡石を人差し指で、トントンと軽く叩く。


「お前がここに居るということは、まあ、効果はなかったようだがな」


ティアはその後、鉄格子の中に入れられ、拘束された。その鉄格子付きのベッドに腕を枕にして横たわり、ティアは目を瞑った。


「ティア、ようやく探し当てたぞっっ」


その日、兄リンドバルクの足取りが珍しく軽かったのを覚えている。ドアを大仰にバタンっと開け放つと、リンドバルクは上がる息を抑えながら、手に持っていたネックレスをティアへと差し出した。いつもはノックを数回、欠かさないリンドバルクが、それを忘れるくらいに興奮していて、ティアは一体何ごとだろうか、と思ったほどだ。


怪訝な表情を浮かべるティアを見て、リンドバルクは息を引いた。


「……あ、いや。まあ、お前に、というか……」


「あの、兄様、」


「……次の週の末、ハの国の国主の弟君がいらっしゃる。そこで、これをつけて舞を踊るのだ」


「…………」


「こ、これは相当珍しい宝石だからな。ハの国の方もお喜びになろう」


ティアが目を伏せたのを見たのか、リンドバルクが踵を返した。


「他国との友好のために、お前は本当に役に立ってくれている。次の宴でも、ハの国を楽しませろ。美しいその翼とお前の自慢の舞を披露するのだ」


部屋に来た時とはまるで違うテンションで、リンドバルクは部屋から静かに出ていった。


ティアが胸の辺りにある宝石を手に取って見る。


銀色に輝く宝石の美しさはもちろんのこと、内側からもその輝きが放たれているようだ。多面体にカットされたその一つ一つの辺が、宮廷の奥深くのこのティアの部屋にあっても、美しく光る。


「……綺麗、」


思わず呟いてしまうほどの。


(メイファンに連れ去られた時、この宝石も取り上げられてしまうかもと思っていたけれど……)


ルォレンの言葉が蘇る。


『お前を……守りたかったのだろうな』


(兄様、)


ティアは宝石を手の中に握り込むと、身体に良いとされる薬草でいっぱいになった麻袋を、腰紐から外してカバンの中へと仕舞った。


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