二十六
「おい、俺の分まで食うなっっ」
「汚ねえ手で触るんじゃねえ、ぶっ飛ばすぞ」
地下の食堂では怒号が飛び交う中、盗賊団の一員が各々食事を取っている。香辛料の匂いが混ざり合い、なんとも言えない淀んだ空気が漂っている。
ルォレンは、思わず鼻を摘みたくなる思いで、カウンターに並んだ。長蛇の列の割には残っている料理は少なく、順番が回ってくるかどうかも怪しいところだ。
メイファンの盗賊たちにはそれぞれに階級が存在し、強い者が上へ上へとのし上がっていく。食事も上の者から順番に口にしていくのを、下の者は指を咥えて見ているしかない。
(……腹、減ったな)
盗賊団に連れてこられたばかりのルォレンはもちろんのこと列の一番最後だ。さっきからぐうぐうと悲鳴を上げている腹を、少しでも紛らわせようと手でさする。
(これじゃあ森にいた頃と同じだ)
ここに来ても、一日に一食しか口にできていない。ルォレンは現実の厳しさを痛感した。
「ルォレン、ここに座れ」
手を上げて呼んでくれたのは、歳が二つ上のリュカだ。
ルォレンに剣の指導をつけてくれている男で、第一幹部の下、第二幹部の一員だ。指導は厳しいが男気があり、みなから尊敬されている。
近々、第一幹部入りの噂があり、部下の下っ端にあたるルォレンですら、やっかみの対象となっていた。
呼ばれて大人しく横に座る。頭をガシッと押さえつけられ、ルォレンは眉をひそめた。
「ルォレン、お前、もっと強くならないと飯にもありつけんぞ」
リュカがガタンとトレーを横にずらすと、そこには揚げパンと肉が一欠片、のっている。
ルォレンが、ちらとカウンターの方を見る。
そこではすでに料理が売り切れて、列の最後の十数人があぶれてしまっていた。
「腹あ減ってんのに、どういうことだよっ‼︎ クソっ‼︎」
腹立たしそうに、ゴミ箱を蹴り上げている者もいた。
「ルォレン、早く食え」
ルォレンが揚げパンに手を伸ばす。すると、横からにゅっと出てきた手に、手首を掴まれてしまい、その拍子に揚げパンがころんと床に落ちた。
「上司の飯を横取りする気か」
見上げると、手首を掴んでいるのは、何かとルォレンに因縁をつけてくる大男のダンだった。ダンは幹部以外のその他大勢の中の一人ではあったが、もちろんルォレンよりは上の位置にいるのに、ルォレンを何かと目の敵にしてくる男だった。
ルォレンの上司がみなからの信頼も厚い人気者のリュカであることも、気に入らない要因の一つらしい。
「俺が貰ったんだから、俺のもんだろ?」
落ちた揚げパンを拾おうと手を伸ばす。それをダンが先にすかさず拾って、ニヤと笑いながら言った。
「埃まみれだぞ。こんなのもう食えるかよ」
リュカはその二人の様子をじっと静観している。
「返せ」
立ち上がり、手を伸ばして、ダンの腕に飛びついた。もちろんダンの方が身体も一回りも二回りもがっしりと大きく、ルォレンはぐるんと振り回されて、地面に叩き落とされた。
「くそっっ‼︎」
顔半分が食堂の油まみれの床にベタリとついた。突っ伏したまま顔を上げると、落ちたパンを握り潰すダンの姿が目に入った。鼻の奥がツンと痛み、ダンの姿が涙で歪んだ。
「ルォレーン、ルォレーンっっ」
この時、ルォレンの脳裏には、ミランの笑った顔が浮かんでいた。
自分の名前を懸命に呼びながら、手に丸パンを持って駆けてくる。そんなミランの腕や足が細いのは、盗ってきた食料を、全部自分に差し出しているからだ。
ぶわっと愛しさが湧き上がってきて、全身を覆い尽くす。ルォレンはそんな時いつも、ミランを想う愛しさで、身体を震わせた。鳥肌が立つほどに、ミランを愛しているのだ。
強くならなければ。ミランを守るために。
「くそおおお、うおおおおっっっ」
ルォレンは立ち上がると、狂ったようにダンへと掴みかかった。
「バカか、こいつっっ‼︎」
一瞬、怯んだダンの手から、揚げパンが落ちていく。それをスローモーションのように見ながら、ルォレンはダンに投げ飛ばされて落ちた。
意識を戻した時には、すでに自室のベッドの上だった。
それから。
ルォレンは狂ったように自分の身体と剣の腕を、鍛錬したのだった。




