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女盗賊ミランと盗賊団の黒蛇  作者: 三千
第六章 首領ルォレン
25/54

二十四

(まさか、メイファンの首領となっているとは、な)


ミランは、両の手で湯をすくうと、勢いよく顔にかけた。温泉にこうして肩まで浸かると、疲れが取れ、身体も軽くなる。


前髪から湯がぽたぽたと落ちていくのをそのままに、ミランはもう一度顔に湯をかけ、その鬱陶しい前髪を掻き上げた。


(……ずっと私を探していたと……言っていた)


湯の中で、両手を伸ばす。ふわふわとたゆたう両の腕には、無数の傷。


(お前がいなくなってから、私は……)


湯に浮かぶは、ルォレンの幼い頃の顔。


すっかり大人の男へと成長を遂げていた姿は、まるで別人のようだった。


幼い頃のルォレンは、ミランにとって守るべき存在。ルォレンは弱々しく、気も小さかった。けれど、ここぞという時には気持ちを固める決断力を持っている。養父母の家を飛び出した時も、ミランはそんなルォレンを凄いと思った。


「ミラン、これ以上だんまりを決め込むんだったら、飯抜きだよっっ」


養母が茶碗を取り上げ、自分の息子に渡す。


「さあ、ルォレンの居場所を言うんだよっ‼︎ あいつ、勝手に逃げ出しやがって‼︎ 帰ったら泣くまで折檻してやる」


子どもたちがミランの分の飯をガツガツと食い散らかすのを、ぐっと堪えながら見ていた。


(言うもんか、絶対に言うもんかっっ。ご飯なら、こいつらに貰わなくったって、自分でなんとかできる。だから、絶対に言うもんかっっ)


「おいこら、何とか言ったらどうなんだい‼︎」


バシッと側頭部を叩かれる。ミランは身体中に力を込め、ふんじばって耐えた。けれど、その態度が不遜に映り、癪に触ったのだろう。


今度は、養父が立ち上がって近づいてくる。ミランの目の前に立つと、足を振り上げ、ミランの胸に蹴りを入れた。


「がっっ」


口から唾液の泡が飛び散り、後ろにバタンっと倒れて、頭を打ちつけた。


「クソ生意気なガキめっっ‼︎ ルォレンはどこだって訊いてんだっ」


倒れたところをまた、胸倉を掴まれ膝立ちにさせられる。そして、大きく振りかぶった堅い手が、ミランの頬を打った。


「いぃぃっ」


痛いと叫びたかったが、目の前が真っ暗になり、ところどころその暗闇の中、チカチカと小さな光りが瞬いては消えた。


ぐらりと、世界が回る。


頬に畳の感触と、すえたい草の匂いが鼻の奥を刺激し、ミランは涙ぐんだ。


(……今日は、ルォレンのとこ、に……行けそうも、な、い)


遠のく意識の中、ルォレンの顔を思い浮かべる。


森の中。大きな木の根元。絡み合う根っこの中で、横にほわりと感じるルォレンの体温。笑顔。食べ物を美味しそうに頬張る、その笑顔。


(明日……明日はきっと、……ルォレンのところに行こう。ルォレンに、逢いに、逢いにいって、一緒に、お腹、いっぱい、)


「くそっ、鼻血で畳が汚れちまう」


ぐんっと引っ張られ、土間へと落とされる。


土の匂いと冷えた地面。


涙と鼻血で、顔をぐちゃぐちゃにしながら、ミランは意識を失った。


✳︎✳︎✳︎


朝、目がさめるとまだ土間に転がっていた。


「……痛って」


あちこち痛む身体を起こし、家の中を覗く。


畑仕事にはいつもミランを連れていくので、まだその時間ではない。部屋の中央にある囲炉裏には、まだ火が灯っていた。パチパチと薪が爆ぜる音。


(寒い、)


冷たい地面で横たわっていた身体は、芯から冷えきっている。


ミランは這いつくばるようにして、そろそろと囲炉裏へと向かった。


(……誰も、いない)


囲炉裏の火に手をかざす。暖かい温度がじわっと肌に染み入ってきて、ミランは心底、ホッとした。囲炉裏を見ると、昨晩の夕飯の残りだろうか、串に刺した芋が二個、立ててある。


ミランはそれに手を伸ばすと、さっと取って懐にしまった。


すると、芋を入れた懐が温かく温度を保っていく。心まで、温もっていくような気がした。


(ルォレンに持っていこう)


即断すると、すぐに立ち上がり、土間へと降りた。粗末な立板でできたドアを少しだけ開ける。外から声がして、一家は裏庭にいることがわかった。


(わかった。洗濯物が飛んでいったんだ)


普段から炊事洗濯をしているミランは、洗った洗濯物を干すヒモが、短いことを知っていた。物干しの棒ギリギリにヒモを結んでいるので、風の強い日なんかにはそれが外れ、洗濯物が飛ばされていくことがある。


一度飛ばされると、緩やかな丘を下って取りに行かねばならなくて、いつも難儀に思っていた。


ドアから出ると、ミランは少しだけ裏庭を覗いた。


やはり、家族総出で、丘を降りていく。


(ルォレンのところに行こう)


芋が二つ、懐に入っている。芋はルォレンの好物で、きっと喜んでくれると思うと、ミランの中から喜びが湧いてきた。


(ルォレンがきっと喜ぶ)


帰れば、勝手に家を空けたことや芋を持ち出したことを問われて、昨日よりもさらに殴られることはわかっていた。


けれど、ミランの中には、いつもルォレンの笑顔。


(ルォレンが弱くたっていいんだ。ルォレンのいいところは、優しいところだから。ルォレンは私が守ればいいんだから)


胸を押さえながら、草原を駆ける。洗濯物を飛ばすくらいの風が、ミランの髪をかき混ぜる。


草原を抜け森へと入れば、あの大木がある。


そして。


(この時間だと、まだ眠っているかも)


大木の根元。ルォレンの寝顔。


(起こさないように、そっと隣に座って、)


ミランは走る。


(それで、起きるまで、ルォレンの寝顔を見ていればいい)


軽い足取りで、はあはあと息をあげながら、ミランは森の中に足を入れた。



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