二十二
「ルォレン様あぁ」
甲高い声が地下道に響き、ルォレンは後ろを振り返り、足を止めた。
「マチ、どうした?」
小さな背を少しでも大きく見せようと、マチはかかとの高いクツを好んで履いている。そのクツを重そうに引きずりながら、ルォレンの横に並んだ。
マチは盗賊団メイファンの一員で、まだ見習いの少女だ。二十代後半のルォレンに対して、マチはまだ十七歳。少しおっちょこちょいなところはあるが、元気で明るいため、皆から好かれる存在だ。
「ルォレン様っ、今日は私の誕生日ですよっっ」
ぴょんぴょんと跳ねながら、笑顔を振りまく。ツインテールが同じように飛び跳ねて、ウサギのようだなとルォレンは思った。ルォレンはそんなマチを自分の妹のように可愛がっていた。
「ああ、そうだったな。ようやく十七になったか」
「はいー。プレゼント、この前言ったあれ、ちゃんと考えてくれました?」
ルォレンが途端に困った顔を浮かべた。
「あのなあ、プレゼントがこんなオッサンとのキスとは、お前、嫁に行き遅れるぞ」
「いいんですー。あたし、ルォレン様の奥さんになるんだからあ。それにルォレン様は決してオッサンなんかじゃありませんっっ」
「俺は誰とも結婚しないと言っているだろ? バカなこと言ってないで、さあ欲しいものを言ってみろ。短刀か? それとも飛びナイフか?」
「ルォレン様のキスですー。絶対、譲れません‼︎」
「はああぁ」
確かにマチは愛嬌があり可愛い。けれど、ルォレンにとっては妹のような存在であり、恋愛対象にはまるで入らない。
「どうして、俺なんだ?」
ルォレンが問う。
「だって、恋人を作らないルォレン様にキスしてもらえば、皆んなから羨ましがられるから……」
「お前はそんなことのために、大事な恋人との初キスをドブに捨てるのか?」
「ルォレン様のことが好きだから良いんですっっ‼︎ さあ、さあっ‼︎」
ググッと寄せてくる身体を押し戻すが、マチはそれでも近寄ってくる。
「……仕方がないな」
マチの両肩に手をかける。ぐいっと引き寄せると、ルォレンはマチの額に軽くキスをした。
「え、あ、え?」
マチがおでこに手を当てる。
「これで勘弁しろ」
半笑いを浮かべながら、ルォレンが手を振る。そのまま地下から地上へと繋がる螺旋階段を、一気に駆け上がった。
「ちょっっとおおぉ、オデコだなんて聞いてないっっっ」
背中に掛かる声を聞きながら、ルォレンは駆け上がった。地上への扉を開ける。そして外へと出ると、ルーエン街の郊外へと向かった。
「あああ、今日は天気が良いな」
暖かい陽の光が差していて、小鳥のさえずりが響く小径をゆく。少し行った先に草原が広がり、ルォレンはそこにある一本の大木の根元に転がった。
両手を頭の下に差し入れ、空を見上げる。
こうして、大木の根元で昼寝をするのが、日頃は忙しいルォレンの楽しみの一つだった。
(……ここはあの、大木を思い出す)
幼い頃、ミランと一つのパンを分け合った。
血の付いたパン。ミランが命がけで盗ってきた小麦色の丸パン。
盗賊団の首領となってからは、高級な料理も口にした。けれど、ミランがくれた丸パンに勝るものは無かったのだ。
「ミラン、お前とキスができて、」
そっと自分の唇を触る。
「……何という、幸福感だ」
ミランをベッドに押さえつけた時、今までに感じたことのない興奮が奥底から湧いてくるのを感じた。
唇を、ミランの唇に押しつけると、ミランは目を瞑るでもなく、自分を睨み続けた。
(……幼い頃、ミランを置き去りにして去った俺を恨んでいる)
手の甲を額に乗せる。
(俺を、憎んでいる……)
ぶわっと胸に熱いものが広がっていった。
極端な幸福感と苦痛の落差。
「ミランに逢いたい」
逢って、話をして和解し、そして。
「愛し合いたい」
孤高の女盗賊ミランの噂。耳にはしていたが現実味はなかった。
あんなにも逢いたいと切望していたミランは、想像していたより美しく、そして相変わらず強かった。
(腹に一撃を食らわされるとは)
苦く笑う。
あの時。
丸パンを分け合った時。わざとルォレンはミランの血がついていた方を選んだ。丸パンを口に入れると、ミランを自分のものにできたような気がして、ルォレンはそれだけで昂ぶった。
(ミラン、愛しているんだ。あの時からずっと)
「愛しているから、……離れたんだ」
『ルォレンー‼︎』
丸パンで膨らませた腹を抱えながら、手を振って駆けてくる。
ルォレンは、愛しいミランのその姿を何度も思い出しては、今を生きている。




