二十
「に、兄様、どこですか?」
柱の陰に隠れて、リンドバルクは高揚する心臓を、抱えていた。
うろうろと頼りなげに歩くティアの姿。両の手をぎゅっと前で握り合って、靴下だけの足をそろそろと床に沿わせている。
その足元に気づくと、リンドバルクはちっと舌打ちをした。
(……リナのやつ、またティアのクツを盗ったな)
ティアの身の回りの世話をする女官が、ティアを虐めているのをリンドバルクは知っていた。リナは手癖も悪いが、口も悪い。ティアの物を盗っては売りさばいたり、自分のものにしたりする上、ティアに向かって罵詈雑言を浴びせかけていた。
(父上に、世話係を代えてくれと頼んでも、知らんぷりだ。くそっっ、あれではティアの身体が冷えてしまう)
隠れんぼと称して、ティアを呼び出したのだが、呼び出した張本人が待ち合わせの場所に居ないと知ると、ティアはリンドバルクを不安な表情で探し始めた。
「兄様、どこにいらっしゃるのですか?」
「ティア、ここだよ」
か細く震える声に、リンドバルクは堪らなくなり柱の陰から出た。すると、ティアは喜んで、小走りで走ってきて、リンドバルクの懐に飛び込んだ。
「兄様、見つかって良かった」
リンドバルクが背中に手を回すと、この時はまだ小さな白い翼が、ふわふわと揺れた。
「ティア、お前、クツはどうしたんだ?」
抱きついたまま、ティアは顔を上げた。
「クツを履くのを忘れてしまったのです」
ニコッと笑う。その頬には茶色の涙の跡が付いていた。リンドバルクはその跡を見る度に、胸が痛む思いがした。
「では、マリアに言って、新しいものを用意させよう」
忘れたと言っているのだから、その通りならクツはティアの部屋にあるはずだ。おかしなことを言う兄を、それでもティアは抱き締めた。
「……ありがとうございます。兄様」
「ティア、隠れんぼはもうやめよう」
「はい。私、本当は……隠れんぼはあんまり好きじゃありません」
リンドバルクが翼を撫ぜる。ふわふわとした感触が心地よく、羽の向きに気をつけながら、手を沿わせた。
「どうしてだ?」
「だって、兄様がどこかに行ってしまわれるんですもの」
実は何度か、隠れんぼと言っては、ティアをその場に置き去りにしたことがあった。
よく泣き、そして自分の内をあまり出さないティアに、最初は苛々とした黒い気持ちしか持たなかった。
けれど、ティアのその純粋さ。純真な心を抱えたまま、ティアは成長していった。翼と同じように、真っ白なまま。
そんなティアの側で過ごすうちに、リンドバルクの気持ちもほぐれていった。
そして、いつしか。
「大丈夫。もう、どこにも行かないよ」
ティアが涙目で笑う。
「……良かった」
いつのまにか。
愛してしまうようになった。
もう永遠に手放せないと。自分以外の男の目に触れないようにと。
リンドバルクはティアを宮廷の奥に囲ってしまうようになった。




