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女盗賊ミランと盗賊団の黒蛇  作者: 三千
第五章 リの国の国主リンドバルク
20/54

十九

「リンドバルク様、ミランは反時計回りに国を回り始めたようです」


「ん、それでよい」


「本当に護衛をつけなくとも、よろしいのですか?」


「ミランに任せておけば、大丈夫だろう。あいつは強い。だが、自分の力はちゃんとわきまえているようだぞ。ここを離れる時、私の双子に自分は勝てないだろうとほざきおった。あのような戦いを披露しておいてだ」


リンドバルクは、黒装束の男と女に襲われた時のことを思い出していた。ミランが女と渡り合う姿が、脳裏から離れない。まるで舞でも踊るかのような、ミランの身のこなしとその戦法。だが迫力ある大刀の威力は、すんでのところで披露されずに終わった。


「自分より強い者はごまんといる、と……まあ、その通りなのかも知れん」


「リンドバルク様、ティア様が自らお戻りになるのをお待ちになるのですか?」


「ああ、そうだ。何か不満でもあるのか?」


リンドバルクの強い口調に、メナスが少し引いた。


「いえ、ありません」


「連れ戻すことなど、いつでもできる。それまでは、遊ばせてやれ」


「承知しました」


「ただ、もう二度とあの胸糞の悪いメイファンなぞにティアを奪われるな。メイファンから目を離すなよ」


「手引きした女官は処罰しました。二度とこのようなことはありません」


メナスが下がると、リンドバルクは自分の顔に手を当てて唇を噛んだ。


(ミラン、頼むぞ。俺の魂なのだ)


「……ティア、お前が戻らなかった時のことを、もうそろそろ考えておかねばなるまい」


大きな手で隠されたリンドバルクの表情は窺い知れない。が、噛んだ唇からは血がじわりと滲んでいた。


✳︎✳︎✳︎


「お前の妹だ」


顔もあまり覚えていない父親からそう紹介された時、少年のリンドバルクはこう思った。


(妹だなどと……よく言えたものだ)


目の前の少女は、大きな瞳に大粒の涙を溜め、ふるふると震えている。手をいつまで経っても離さないのを疎んで、父親はバシッと少女の手を叩いて振りほどいた。


「お前が面倒を見ろ」


リンドバルクにとっては老害としか思えぬ父親は、独りぼっちになった少女を置いて、そのまま部屋から出ていった。


リンドバルクは少女に近づいた。俯いた瞳から、ぼろぼろと涙が溢れている。


「名前は?」


冷ややかに訊く。少女は顔を上げて、小さな声で「ティア」と名乗った。


「ティア、今日から俺がお前の兄上だ」


少年のリンドバルクは知っていた。父親には子を成す力が無いことを。


リンドバルクの母親が、乳母にこぼしていたのを聞いたことがある。


「女女女、あの男の周りには女ばかりで、本当に気が狂いそう」


「奥様、そう仰らずに。旦那様はこのリの国の国主様ですから。そりゃ後継をこさえるのが使命みたいなところがおありでしょうよ」


「どれだけ頑張ったって無理よ。あの男はね、種なしなんだから」


「ですが奥様、リンド坊ちゃんがいらっしゃるではないですか」


「あらまあ、あんたはリンドバルクがあの男の本当の息子だって思ってるの?」


半開きのドアの前。足が止まる。静かにドアをあと少しだけ押して、その間から耳をそばだてた。


「そっか、あんたはここへ来てまだ浅いものね。もう屋敷中の者が知ってるの。私ね昔、恋人がいてねえ」


うっとりとした声に、リンドバルクは吐き気を覚えた。


「素敵な人でねえ、私、彼に夢中だった。でもあの男に無理矢理、別れさせられたの。でもまあ私もねえ、この生活を手放すなんてことしたくなかったから、あの子を産んだんだけどね。だって、あの人が言うんだもの。生まれるのが男だったら、自分の子どもとして引き取ってもいいってね」


「そ、そんなこと奥様……」


乳母は慌てたように声をひそめた。


リンドバルクは後ろへと足を退いた。廊下を足音をさせずに戻り、自室のベッドに潜り込んだのだ。


(……それなのに、俺の「妹」だと? お笑い種だな)


父親が遊んでいた女の中に、翼人つばさびとの女が混じっていると、侍女が話していたのを聞いたことがあった。


(どうせ、その女の娘でも取り上げてきたに違いない)


ひっくひっくと、未だにしゃくり上げるティアを前に、リンドバルクの中は真っ黒に染まっていった。


「ティア、もう泣くな。俺が宮廷の中を案内してやろう」


すると、大きな栗色の瞳がリンドバルクをじっと見つめた。


「本当?」


「ああ、一緒に探検しよう。さあ、行こう」


ニコッと、リンドバルクは笑い、そして手を差し出した。その顔を見て、ティアがおずおずと手を出す。


(小さい手、だな……)


差し出されたその手を握ると、リンドバルクの心臓がどっ、と鳴った。


リンドバルクは慌てて、頭の中で考え直した。


(どこかで置いてきぼりにしてやるっっ)


ニヤッと笑うと、ティアの手を引いた。


「あ、兄上、さ、ま」


「兄様でいいよ」


すると、「に、にいさま」と口にする。その辿辿しさに、リンドバルクは苛々をさらに募らせた。


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