一
「あなたが使っているという竜は、どうしたのですか?」
ミランと肩を並べて王宮の長い廊下を歩きながら、メナスが切り出した。
「置いてきた」
「随分な慢心ですね。危機感はないのですか?」
「そっちこそな」
ミランがわざと、大刀の柄に手を掛けた。その様子を横目で見ていたメナスはくすりと笑う。
「うちには腕の立つ者が大勢居ますからね」
ミランは先ほどの国主との取り引きの場面を思い出した。
国主の斜め後ろに控えていた二人の用心棒。一人は剣と棍棒を、そしてもう一人は剣と鞭を腰に下げていた。
隙のない冷静な視線に、相当の手練れである感を持った。
ガタイのいい同じような体躯やその揃いの顔から、双子だということが見て取れる。
「確かにあの双子は有名人だな」
猛者にして双子の用心棒、ルイとライの名は、リの国の周辺国まで届く。
(一対一だとしても私では敵わないだろう……なるほど剣を帯刀したままでいいという理由がそれか)
「猶予は一週間。それ以上かかってしまうと、リンドバルク様の大切なものが競売にかけられる可能性が高くなります。競売にかけられて人の手に渡ってしまうと、探し出すのに相当な労力を要しますから」
「なるべく急ごう」
「もしあなたの竜を連れてくるなら、庭の南側にある園に留め置くことを許可します」
「わかった」
「……盗まれたものが何かは訊かないのですか?」
メナスがちらと視線を寄越す。
「もう知っている」
ミランが言うと、視線を戻した。
案内が終わると、直ぐにもメナスは長い廊下を戻っていった。その後ろ姿。戦いとは無縁の、袖や裾がぞろりと長い、色とりどりの刺繍細工の施された美しい服。
(参謀、というところだろうか。頭の切れる男だ)
会話の端々に、そう感じる要素がある。リの国の国主の噂は、決して悪くはない。その理由が、厚みのあるこの人材にあるのではないかと、ミランは考えた。
案内された部屋のドアを開ける。
部屋へ入ると直ぐにぐるりと周囲を見渡し、その部屋の中の様子を窺った。棚やベッドの下などを軽く調べると、肩にかけていた麻袋をベッドの上に投げ捨てた。
「ちょっとミランっっ、カバンを乱暴に扱わないでよっっ」
ミランの胸のポケットがむくっと膨らみ動く。
「ボクの大切なナッツが入っているんだぞ。バリバリのボリボリになっちゃったらミランが責任取ってくれるの? 掻き集めるの、大変なんだからな」
その反論を気にもとめず、ミランはベッドの上にどかっと座った。
「それよりモニ、この部屋はどうだ?」
「……粗暴な性格ってのはいつまで経っても直んないもんなんだな」
ぶつぶつと言いながら、胸ポケットの中から小動物が這い出てくる。
モニはミランの肩まで這い上がってくると、その大きな耳をぴんっと立て、後ろ足で立ち上がった。
耳も大きいが、その目も大きいのが特徴だ。体は小さいが、けれどその小さな体の割にはふわふわとした毛並みの良い大ぶりの尻尾を持っていた。大きな前歯があるところから、げっ歯類とわかる。
「特におかしいところはないみたいだよ」
「モニ、お前の耳は本当に役に立つな」
「知ってるよね? ボクは機械音が一番嫌いなんだ。部屋に追尾装置とか盗撮カメラの類でもあった日にゃあ、もう最悪。鬱陶しい雑音で眠れやしない」
「だが安心しろ。これで一週間は、ゆっくり眠れそうだぞ」
「そうだね、ついこの前まで泊まり込んでいた灯台よりはマシさ。あの錆びついた回転灯のうるさかったこと。頭に響いたのなんのって……あれはない、あれはない」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、モニは尻尾を手で掴んで舐め、毛並みを整えた。
「さあ、今夜はもう眠るぞ。明日の朝、さっそくシュワルトを呼ぼう。花が咲き乱れているこの宮廷の庭園なら、きっと気に入るだろう」
ミランは、巻き上げ紐のブーツを脱ぐと、ベッドに横になった。毛布を肩まで引き上げると、その隙間にモニがスルリと入り込んでくる。
「モニ、いい加減そこで眠るのはよせ」
「だって、あったかいんだもん」
「潰してしまっても文句を言うなよ」
「うわ、怖いこと言うなよ。潰れてからじゃ、文句も言えないだろっ」
モニが毛布を持ち上げて、顔だけを出す。大きな耳が、毛布の重みで折れ、垂れ下がっている。
「……それにしても、今回の依頼はかなりの難題だぞ」
ミランが目を瞑る。知らず知らずに眉間に皺を寄せていた。
「ルーエン街か……一旦中へ踏み入ってしまうと生きて帰れるかわからない、と聞いたこともある」
「そんな怖い所に行くの嫌だなあ……」
モニが、両手で顔を何度も拭いた。その度に頬のヒゲが曲がって、あらぬ方向へとねじ曲がる。
「そういえばあの国主のおっさん、ミランのこと値踏みしていたな」
「おっさん、というほど年寄りではなかったが……」
ミランはリンドバルクの顔を思い出した。
三十代半ば。若々しく、髪は緑がかった黒。太い眉に大ぶりの鼻。
顔の全てのパーツに力強さがあり、その中に生命力も感じた。
(さすが、一国を統治するほどの人物だ)
その顔が、訝しげに自分を見つめていた。
「私では役不足だ、と思われたか」
「違うよっ。そういう意味じゃなくてさあ……まったくミランはそっち方面には疎いんだからなあ。あれはだねえ、」
モニが身体が落ち着く場所を探して、モゾモゾと身体をくねらせる。
「もういいモニ、早く寝よう」
ミランが毛布を引っ張って寝返りをする。
「なんだよ、ボクがせっかくっっ」
毛布を剥ぎ取られたモニが、ぶるっと身体を震わす。プリプリと怒りながら、ミランの肩によじ登り、そして胸ポケットへと入った。
「ミラン、絶対にうつ伏せになるなよ」
モニがそう言った頃には、ミランはとっくに眠りへとついていた。