表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女盗賊ミランと盗賊団の黒蛇  作者: 三千
第四章 翼人の姫君
18/54

十七


「戻りたくはないのです」


「だが貴女みたいなお姫さまは、こんな所でうろうろしていると、すぐに攫われて売られてしまうぞ」


ティアは肩を落とし、その翼をしゅんと垂らしている。


腰まで伸ばした長い黒髪は絹糸のように細く、その黒髪だけでも狙われる要素の一つだ。そして透き通るような白い肌に、男たちが黙って見ているはずもない。


「そんななりでは、捕まったらひとたまりもないだろう。今回のような大変な目に遭ってもいいのか?」


「…………」


大きな溜め息をつくと、ミランは腰に差していた大刀を抜き、壁につけてあるフックに引っ掛けた。


ルーエン街からかなりの距離を飛んできた、ここは商人の街ヨルだ。


たくさんの商人が出入りするこの街なら、身を隠すにもちょうどいいと、ミランがよく利用する街だ。そして、そのヨルで宿屋に宿を取った。


いつも出入りする街とはいえ、美人の翼人を連れていては目をつけられてしまう。人目に晒されない街の南奥、森との境にある小さな宿屋を選んで降りた。


「ミラン、久しぶりだね」


宿屋の女主人リーリアと挨拶のハグをすると、ミランはさっそくティアを紹介した。


「すまない。連れが美人すぎて、ここにしか連れてこられなかった」


深くフードを被ってはいるが、その佇まいから高貴な姫だということはすぐに知れる。


気心の知れたリーリアの宿を選んだのには、そんな訳があった。


「あら、本当。これでは街中の評判になってしまうねえ」


「……こんばんは」


おずおずと、ティアが挨拶する。


いつまでもミランの後ろに隠れているティアにリーリアが近づくと、さらにティアは身を縮こまらせた。リーリアがずいっと顔を近づけてフードの中を覗き込む。そして、両手を上へと上げると、降参のポーズをしてから腰に当てた。


「やれやれ、ミランにはいつも大変な目に遭わされる」


「すまない」


ミランが苦笑しながら懐から小さな袋を出す。カウンターの上でチャリンと音がして、袋から金貨が転がり出た。


「他に客はいるか?」


「老夫婦が湯治に来ているわ。でも、きっと大丈夫よ。後で紹介する」


「ああ、ありがとう」


「それにしても、いつものコンビは?」


「モニが酔ってしまって、エライことになった。悪いが先に、温泉に浸からせてもらってる」


「相変わらず、乗り物に弱いわねえ」


「ああ、私の胸ポケットなら大丈夫なのにな。不思議で仕方がないよ」


笑い合って、それから部屋を借りた。


ミランがティアをベッドに座らせる。不安げなその顔は、いつまで経ってもそのままだ。


「ティア、メイファンに追いつかれぬよう遠回りをしてはいるが、シュワルトなら宮廷まであと二日もあれば到着する。私は貴女を連れ帰ると、貴女の兄上と約束した。残りの依頼料を貰う為にも、貴女を送り届けねばならぬ」


「帰りたくはありません。ミラン、私このままご一緒してはいけませんか?」


ミランが、眉をひそめたのを見て、ティアが慌てて言った。


「もちろん、兄様よりも多くお金をお渡しするつもりです。今は無一文ですが、戻れば宝石や金貨もあります」


「では、やはり戻らねば、報酬はもらえないということだな」


「っ⁉︎」


ティアが顔を跳ね上げた。そして、うな垂れる。


「なぜ、戻りたくないのだ? そんなにも、リンドバルク殿は暴君なのか?」


「いえ、決してそのような……違います」


「ではなぜ?」


「兄様はお優しく、けれど私に何もさせてくれません」


「…………」


ミランがベッドに座るティアの横にそっと腰掛けた。ギシッと音が鳴って、ベッドが揺れる。ティアが少しだけ翼を広げ前へとやると、その翼の先を手で撫でた。


「こうして、翼を切られるのです」


見ると、翼の先が不自然に直線だ。


「私がどこにも行かないように……」


「籠の中の鳥、という訳か」


ミランは時折垣間見た、リンドバルクのティアへの執着を思い出した。


「外の自由を知った鳥が、また大人しく籠に戻るでしょうか? 私はもっと外の世界を見てみたいのです。けれど、私は何も知らないし、一人では何もできない……」


ティアが身体を傾けて、ミランの手を取って握る。


「ミラン、お願いです。私を貴女の側に置いてください。何でもします。何だって……」


「私は盗賊だぞ。貴女を盗賊の仲間にすることなどできやしない」


ミランは厳しい表情を浮かべ、ティアを牽制する。


「構いません。盗めと言われれば、盗みます」


「貴女のような者に、できるわけがない」


「やります。この翼だって、羽が伸びてくれば飛ぶことだってできます」


「シュワルトのように、私を乗せて飛べるのか?」


「…………」


とうとうティアは黙ってしまった。


ミランは握られていた手を離した。けれど、もう一度握り返す。


「貴女の気持ちはよくわかった。だから、泣かなくていい」


栗色の瞳が揺れる。その度に長い睫毛を伝って、涙がぽとりぽとりと落ちていく。


「リンドバルク殿との約束に、いつのいつまでというものはなかった。取り敢えず、貴女を預かろう」


「ミラン、」


「ただ、いつかは貴女を兄上の元に返さなければならない。このままでは今度は私が誘拐犯になってしまう」


「ううぅ」


ティアが手で口元を押さえる。眉の美しい曲線が、歪んで波を打つ。


ミランは手を伸ばし、そっと頬に当てた。


「その間に色々と思うこともあるはずだ。それから帰っても遅くないだろう」


「ありがとうございま、す……ミラン、本当にありがとう、」


ティアは手で涙を拭って、弱々しい笑みをたたえた。


(ただ……)


ミランはその笑みに笑みで返しながら、思った。


(リンドバルクの右腕であるメナスが、私がティアを奪い返したことを、見逃すはずはない)


宮廷一の切れ者の目を思い出す。


(最悪、お尋ね者となってしまうだろう)


ミランはティアの背中をさすりながら、自分で自分の中へと胸騒ぎを押さえ込んだ。


そして、最後に言った。


「ティア、貴女を巻き込んでしまって本当にすまなかった」


「……え?」


ティアは涙を零しながら、何の話かわからない、といった顔をした。


「いや、……いい」


ミランは、ふ、と笑うと目を瞑り、まだ瞼の奥に残るルォレンの悲しげな残像を消していった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ