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女盗賊ミランと盗賊団の黒蛇  作者: 三千
第三章 幼馴染の二人
13/54

十二


「ミランっっ」


「モニ、良かった」


放り投げられた籠を両手で受け取ると、ミランは心底安堵した。


「大丈夫か? 怪我はないか?」


「うええ、少し気持ち悪い……」


「今、出してやるからな」


ミランが慌てて籠の蓋を開けようとし、そこにある南京錠に気がついて、手を止めた。


「鍵を寄越せ」


ミランがドアの前に立っているルォレンに向かって言葉を投げる。ミランがベッドから降りようと足を上げると、そこを拘束する鎖がジャラジャラと音を立てた。


「悪いが、そのチビにちょろちょろされても困るのでな」


手の中に握り入れていた小さな鍵を、上に投げてからまたキャッチする。


「チビだって⁉︎ バカにすんなっ‼︎」


モニが怒り心頭で悔しそうにギリギリと歯ぎしりする。


ミランが籠を枕元にそっと置き、同じく枕元に置いてあったボトルを開けて、その蓋に水を注ぐと、モニに渡して飲ませた。


「気分はどうだ?」


「だいぶマシ」


「ずいぶんと可愛がっているな」


二人の様子を見ながら、ルォレンがドアに背をもたせかけたまま、両腕を組んだ。


その言葉を無視し、ミランは水のボトルを飲んだ。薬などはもう入っていない。部屋を移動してからは、こうして与えられた水を飲んでも眠気はやってこないし、具合も悪くはならない。


(……翼人の姫君は、大丈夫だろうか)


「ミラン、聞いてくれ」


「うるさい、早く出ていけ」


ルォレンがミランの意固地な態度に対して、眉をひそめる。組んでいた両腕を解いた。


「ミラン、話だけでも、」


「早く出ていけと言っているっっ」


その言葉で、ルォレンが動いた。つかつかとベッドへと歩いてきたかと思うと、ミランの上にかぶさり、馬乗りになる。


「やめろっ、何するんだっっ」


ミランでなく、モニの声だ。


「ミランから離れろっ、ミランに触るなよっっ‼︎」


ルォレンは抵抗するミランの両方の手首を取って、ベッドに押さえつけた。乗せた身体の重みで、ミランを動けなくする。足を絡めると、ミランの足かせがジャラと音をさせた。


「何をする」


ミランの抑えた声。すぐ近くにルォレンの顔。吐息のかかる距離に、ミランは身体を震わせた。


「どけ」


ルォレンが、じっとミランの目を見つめる。


「どけと言っているっっ‼︎」


ミランも真っ直ぐに見てくるルォレンを睨み、見返した。ルォレンは頭をミランの胸元に預けると、はあっと大きな溜め息を吐いた。


「……ミラン、頼むから俺の話を聞いてくれ」


どっ、と心臓が鳴った。


再度、顔を上げたルォレンの、その表情。


慈しみの瞳。いや、愛しさに満ち溢れた瞳だ。


「……ルォレン」


幼い頃、離れ離れになった時から二度と口にしないと封印した、その名を呟いてみる。


ミランの脳裏に幼い頃のルォレンの、弱々しく微笑んだ顔が浮かび上がってきた。


✳︎✳︎✳︎


「こらああ、待てええ‼︎ このくそガキがっっ、おら捕まえたぞっっ‼︎ さあ、盗んだものを返すんだっっ‼︎」


着古され、汚れたエプロンをつけた恰幅のいい男に首根っこを掴まれて、ミランの身体はぐんっと後ろへと引っ張られた。その拍子に着ていたシャツの、元々破れていた襟ぐりが裂け、ビリリと音がした。


死に物狂いで必死に手で掴んでいた小袋が宙を舞う。袋の口が開いて、中から小麦色の丸パンが数個、飛び出して散った。


「くそっ、こいつっっ」


男がミランをその場に引き倒す。ミランは後ろへと尻もちをつくと、顔を酷く歪めた。強く打ちつけた尻も痛かったが、咄嗟についた両手のひらが、砂地の細かな小石によって擦れて痛んだ。


男は倒れたミランに構わず、地面に転がった丸パンを一つ一つ拾い上げる。拾い上げては、手で払ったり息をふうっと吹きかけたりして、付いた砂を落としていった。


「これじゃあ、売り物になんねえだろうがよ。このくそガキがっっ」


振り返って唾をべっと吐き捨てる。その唾が、地面についていたミランの手の甲にかかった。ぬるっとした感触にミランは顔をしかめ、手の甲を慌てて、シャツに擦りつけた。


(あ、……)


男の足元に丸パンが一つ転がっているのが目に入った。灯台下暗しなのだろうか、男はどうやら足元に転がっている丸パンに気がついていない。


ミランは男が最後の一つなのであろう残りの丸パンを探しながら、周りにキョロキョロと目をやっている隙に、足元の丸パンにさっと手を伸ばして取った。そしてそれをシャツの中に滑り込ませると、痛む尻を我慢してよろりと立ち上がった。


(……一つだけでも、手に入れば、)


ミランが、ほっと安堵の色を見せる。


その時。


側頭部に衝撃を受けて、ミランは横へと吹っ飛んだ。男が平手でミランの頭を叩いたのだ。


叩かれることには慣れていたが、この先の市場で毎日、大荷物を棚卸するような屈強な大男に叩かれては、ひとたまりもない。


目の奥で火花が散ったかと思うと、地面にどっと倒れ込んでしまった。とっさに腹に入れた丸パンを庇ったので、肩口を砂地に打ちつけ痛みが走った。


それでもミランは倒れながらも、相手の大男を睨みつけた。


「なんだ、その目はっっ‼︎」


男は小娘に睨まれたのも気に入らなかったのだろう、地面を蹴って、ミランへと砂をかけた。


顔中を砂まるけにしたミランは、ゴホゴホと咳き込み、口の中に入った砂を唾と一緒に吐く。


「この泥棒猫めっっ‼︎ もう二度と市場に来るんじゃねえぞっ‼︎ 今度お前の顔を見たら、ぶっ殺してやるからな」


ミランはその大男には学がなく、数を数えるのが苦手で数字に弱いということを前から知っていた。


自分では全てを回収したと思っているのだろう。拾った丸パンの紙袋を大事そうに抱え、踵を返して去っていく。


(……良かった、一つだけでも……このパンがあれば)


ミランは、痛む身体を押して立ち上がった。


なんだなんだと遠巻きに見ていた大人たちも、事が収束すると興味をなくしたようにバラバラと去っていく。


(早く、戻らなきゃ)


顔の砂を袖でぐいっと拭く。もう一度、唾を吐くと、ミランは歩き出した。


足や腕から細く血が流れているのを見て、途中、道をそれたところにある川で傷口を綺麗に洗おうと思った。けれど、その川の辺りでは最近、山賊が出るという噂を耳にしていたのだと、思い直す。せっかく手に入れたパンを逆に盗られてしまっては元も子もない。


(遠回りだけど……)


ミランは人通りの多い大通りを歩くことにした。


腹の中に丸パンがあると思うだけで、痛みが引いていくような気がした。


歩いているうちに目頭が熱くなり涙が目尻に滲んだが、それはその日その日をこうして食料を盗み食いして生きなければならない運命を恨んでの涙ではない。


丸パンを一つ手に入れたという幸福感。


養父母に育てられているミランはいつも貧しかった。一日の食べるものにも困るような生活を送っているミランの身体は、痩せ細っていて、ひょろっとしている。


女だと知れると生きにくくなるため、ミランは髪を刈って短くし、そして泥や汗にまみれた汚い服を洗いもせずに着るようにした。


ただ。


身体は細かったが、骨太で丈夫だった。たいした病気になることもなければ、大きな怪我をしたこともない。


今日のように何度も大男に叩かれたり殴られたりしていて、生傷こそ絶えなかったが、骨を折るようなことはなかった。


(アイツ、前より太りやがって……)


叩かれた側頭部が、ジンジンと脈を打って痛む。けれど、腹に隠した丸パンの存在を思うと、ミランの足取りは軽い。


(ルォレン、喜ぶかな)


幼馴染の喜ぶ顔が目に浮かぶ。


ミランは人が行き交う大きな道を急いですり抜けると、ちょっとした森を横切って、緩やかな丘を登った。



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