十一
(宿屋も危ないだろうし、今夜はここで過ごさせて貰おうっと)
シュワルトは納屋の中、かき集めた藁の上で、竜の姿のまま横たわった。
パン屋で時間を潰していた場面が頭をよぎる。
計画では、ミランがリの国国主リンドバルクの妹君を奪還すると同時に、保管部屋の真上にあたるパン屋の店先、いわゆる地上で待機している自分が地面に大穴を開け、そこから妹君を救出する手立てだった。
実はあまり広くは知れ渡ってはいないが、竜が放つ雄叫びは、その波動で岩をも砕く力があり、シュワルトもその雄叫びの力にはおおいに自信があった。
小高い山に穴を開けたこともある。それを地面に向かわせれば、容易に地下水路の奥にある地下室の天井に穴を開けられるだろうと、踏んだのだ。
耳の良いモニと自分とがお互いに合図を出すことができれば、居場所の把握もできる。
大胆な計画ではあったが、すぐに自分がみなを乗せて逃げれば、意表を突かれたメイファンの追っ手たちもすぐには動けまい。
穴さえ開けば、万が一ミランやモニが逃げ遅れても最悪、翼人である妹君はその翼で難なく逃げることができるだろう。
そこまで算段をしていたというのに、肝心のモニが気絶させられてしまい、合図を受け損ねてしまった。
そして、ミランもまた。
「くっそー、ミランの居場所は声でだいたいわかっていたけど……」
そして、パン屋で可愛らしい店番の女の子と話しているうちに、盗賊の一味、屈強な男たちに周りを囲まれているのに気づかなかった。
まさか、計画自体がバレているとは思いも寄らなかったからだ。
「まんまとエサに食いついてしまったってわけだ」
事の顛末は、途切れ途切れに聞こえたミランと黒蛇のやり取りなどから大体の予測はついた。ミランが捕らえられ手も足も出ない状態なので、シュワルトはまずはその場から逃げるために、竜へと身体を変化させ、そして飛んだ。
砲弾によって捕獲網を投げられたが、肩に引っかかっただけで、翼には当たらなかったのが幸いした。シュワルトは空中で網を振り払うと、そのままルーエン街の外まで一気に飛んだのだった。
ここは、郊外にある農場の納屋。無断ではあるが少しだけ失礼して、今夜の寝床とさせてもらう。
「ミラン、」
名を呼んで、目を強く瞑った。
すると、数年前。ミランが一緒に旅に出ようと言ってくれた時に見た、苦くも優しく笑う顔が浮かんでくる。
その時にはすでに親密な友達となっていたミラン。そのミランが言った言葉が脳裏に蘇った。
「さあ、シュワルト。もうそんな風に泣かないでくれ。お前を預かるのが私では不満か?」
シュワルトはその時、確かに首を横に振った。幼い頃に出逢ったミランとの友情は今の今まで育まれ、心の根っこから信頼していたからだ。
「両親に置き去りにされたお前の気持ちはよくわかる」
シュワルトが涙を溜めた目を向けると、ミランが再度、苦笑した。
「私も親に捨てられ、そして幼馴染にも捨てられた。身に覚えのある辛さだよ」
「ミラン、」
「今は悲しいだろうが、きっと時間が癒してくれる。嘘じゃないぞ。私もそうやって乗り越えてきたからな」
ミランの手が、シュワルトの頬を包み込む。竜の頬は、硬くてゴツゴツしているはずだ。けれど、ミランは泣きじゃくるシュワルトの首に腕を回し、そしてあろうことか自分を抱き締めてくれた。
ミランの温かいぬくもり。
シュワルトはそれを一生忘れないと思った。
「ミラン、待っていてくれ。僕が必ず助けるからね」
シュワルトは藁の中に顔を突っ込むと、英気を養うためにと、なんとか眠りに就いた。




