第一章8『拠点』
依頼から帰ってきたヒロトは現在ベルカと分かれてギルドの大浴場に浸かっている。
「ふぅ………」
ギルドに戻って適正量の獣肉を納品し、700cの報奨金を貰った。 前に貰った金額が250cで、ご飯代に全て消えたのを考えると恐らく宿に泊まったりする金はないだろうと考える。
ご飯に関してはルルカ達からハンターはギルドで食べるのが一番安いと言われ、ヒロトは大浴場から上がってベルカと合流してからすぐに酒場へと行くことにする。
風呂上がりのぽかぽかした身体から微かに湯気が出て、二人は大浴場の入口で合流してそのまま酒場へと向かった。
沢山のハンターで埋め尽くされた光景の中、特徴的なクリルの長い金髪とその横にルルカの青い髪がすぐに見えた。
「おっ、来たな」
「こっちよ」
こっちから見えるように二人はパタパタと手を振る。 また狭い道をかき分けながらヒロトとベルカは二人の座る席につく。
それと同時に『ギルメイド』と呼ばれる酒場の店員のようなギルド直属の存在がテーブルへとやって来て、ヒロト達の注文を待つ。
「ご注文はなんでございましょー!」
騒がしい周りの声にも負けない大きさで元気よく注文を聞く『犬の耳をした』美少女。
一目見た瞬間にヒロトはギョッとした。 他の人達の反応を確認するが、全く驚いている様子はなく、変に騒ぎ立てるのも恥ずかしいのでそのまま持ってこられたメニューを見る。
「じゃあこれ二つお願いします」
一番低い数字の書かれたものを指さし、自分とベルカの分を頼んでそれに犬耳のギルメイドは大きな返事をして下がっていく。
そのギルメイドがいなくなったのを確認してヒロトはルルカとクリルに耳のことを言った。
「あの……さっきの人の耳って……」
「耳?」
きょとんとした顔で聞き返すクリルとそれに合わせてよくわからない表情をするルルカ。
もっとちゃんと伝えないと分からないと思い、今度ははっきりと言う。
「あの人の耳、犬ですよね?」
「まぁ、そうね」
「クーシーだからな」
今更だがヒロトの環境適応力は異常だ。 たった一人で異世界に放たれたと思いきやモンスターに襲われ、その後ハンターという職にすぐに就いてしまった。
勢いもあったのだろうが、『クーシー』に対する反応を見る限り、ヒロト的には現実離れしすぎている方が逆に受け入れやすいのかもしれない。
「世間知らずなのね、一瞬冗談かと思ったわ」
頬杖をついて呆れたような声を出すクリル。
世間知らずという都合のいい解釈もしてもらえたのだから、いっそこの世界の詳細を教えてもらえないだろうかと考えるヒロト。
「あの、他にも人間以外の種族がいたりするんですか?」
「もちろんだ。簡単に説明すると、猫耳のケットシー、長い耳のエルフ、巨大湖に住むマーメイド、うさ耳のフラバーニャ、小柄なフェアリーとか──沢山いるだろ?」
聞き慣れている単語から聞きなれない単語まで揃っているのを聞いて、ヒロトはこの世界が前の世界よりも広いことを確信する。
朝の時だって未開拓地を開拓するのもハンターの仕事のうちだと言われたのだ、この世界は不思議と謎に満ちているように感じる。
「人間は他の種族と関わることなくお互いに争い続けた………他種族がこうやって人の国にいるのも最近のことなのよ」
この世界でも人間は争っている──その事実に、ヒロトはなんとなく嫌な気を覚えた。
「と言っても他種族は殆ど【ラネアイド帝国】にしかいないらしいけどなぁ、隣の【フォーラン共和国】ですら全然見ないらしいぞ」
朝も聞いたがヒロト達がいる国は世界で最も広い領域を有する帝国らしく、ギルド、軍事力はそれに準ずるかのように最強なのだとか。
多民族を支配する帝国とその人々は他種族にも寛容で、種族が違うなどという理由でトラブルが起きることなど殆どないらしく、それ故に他種族は他の国々を無視して【ラネアイド帝国】に集まるようなのだ。
「おっ待たせしましたぁー!」
ドンッ、と皿を強くテーブルの上に置き、何やら楽しそうな顔でそのまま戻っていくギルメイド。
皿にはパンとジャーマンポテトのようなものが乗っており、量はそこまでないが値段の割には確かに美味しそうだった。
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酒場での食事を終え、美味しかったと満足するヒロトとベルカ。 まだ残って酒を飲み続けるクリル達より先にギルドから出る。
そのままギルドから出てしまったが二人は大きな問題に直面してしまった。
そう、寝床の確保だ。
こんな寒い中路地裏で寝ようものなら朝起きれたとしてもまともに動きたくはなくなるだろう、まぁこの二人は一度寝てるわけだが。
だがそれでこそ二人はもう外で寝たいとは思わない。 この世界で違法かどうかはわからないが、どこか廃墟があればそこに住み着こうという腹積もりでギルドを後にして歩き出す。
「街の端ならきっとそういうのもあるよね……」
「た、多分………」
ギルドが位置するメルタリアの中心からヒロトとベルカは良さそうな場所を見つけるべく、人々の営みを感じさせる灯が外側へと進むにつれてどんどん少なくなっていくのを見ながら進んでいく。
大きな街を数十分は歩いたヒロト達、街の中心と正門から離れた城壁周辺はまるで然華平原のような自然に溢れていた。
その光景だけでもなかなかの良いのだが、一番良いのはやはり街の中だからモンスターが出ないところだろう。
もしその時が来るならばこの辺に家を建てたいと思いつつも、そんなことを考えている場合ではないと気持ちを切り替える。
そしてヒロトとベルカは月明かりだけが頼りの一面の奥に微かに建物が見えた。
「なんか……教会みたい……?」
目を凝らしてその建物が何かを予想するベルカ。 その建物に向かって歩みを進めるとその正体がわかった。
こじんまりとした大きさの古びた教会、外壁のところどころは少し欠けていたり、ヒビが入ったりしているのを見るとどうやらもう利用されている施設ではないように思える。
「確かに教会っぽいね……」
「ヒロト……入る?」
恐る恐るそう聞いてくるベルカの顔を見るととても眠たそうにしているのがわかる。
きっとこのまま彷徨っても寝られそうな場所は見つからないと考え、ヒロトは決めた。
「入ろう、とりあえず今日だけ」
民家の廃墟なら幽霊的な怖さはあるが、教会よりかは誰かが来る心配もない。 しかしそれが宗教などが絡んでくる教会ともなればもしかしたらその教徒来るかもしれないという心配があり、それ故にヒロトはとりあえず今日一日だけと決めて中に入って行くのだ。
「開けるよ」
「うん……」
不安そうに見つめるベルカをよそにヒロトは長い年月で重たくなった両開きの扉を全身の力を込めてグググっと押す。
開ききった瞬間にヒロトの目の前で砂埃が立ち込め、腕で口元を覆ってそのまま中へ入る。
中を見渡すと中は案外綺麗な状態が保たれており、ガラスも汚れて入るが割れていたりということは無かった。 埃や石造りの壁から崩れた破片を見るに人の手が入っていることはないだろうと考える。
「思ったより綺麗だね」
「寝られそう………かな?」
規則正しく横二列に並べられた長椅子の間を通って、何やら枠だけのひし形のようなマークが奥に見える。 この教会のマークなのだろうかと考えつつ、ヒロトは床の赤いカーペットから埃をパンパンと払ってそこに荷物やらを置く。
ベルカも同じように埃を払って小さい狩り用のポーチを置いた。
座り込むと溜まっていた疲れが顔を見せ、眠たくなったのかヒロトとベルカはそのまま寝る体勢へと変えてしまった。
「二人での依頼は初めてだったよね……」
「肉食モンスターと戦う時も来るのかな……」
二人での初めての狩りが嬉しかったのか、疲れながらもヒロトは少し笑顔を見せる。
ベルカは凶暴な肉食モンスターと戦う時のことを考え、若干の不安に陥る。
「二人なら大丈夫だよ、わからないけど」
「ううん………大丈夫だと思う」
教会の低い天井を見上げながら二人はお互いを励まし合い、自然と手を繋いでそのまま重たいまぶたを閉じ、眠りにつくのだった。