朝はテンプレから始まる
誰にだって自分だけの世界というものはあるだろう。
そこにヅカヅカと土足で踏み込んでこられたら、例えどんなに無関心を装っていたとしても、不機嫌にならない奴が一体どれだけいるものだろうか?
「起きやがれこの愚図ッ!」
などという罵声まで浴びせられたら、それはもう怒らないほうが普通じゃない。
ただし、それは自分が勝てる相手が限定だ。
どんなに許せなくても自分より強い相手にケンカ売っても勝つことなんてできないから。だから……
仕方なく言われるままに起き上がる。
「おはよう葉玖良……」
「おう、ようやく起きたかネクラトロスケ」
重い目蓋を無理矢理上げて、薄い視界で相手を確認する。
やっぱりこいつだ。常塚葉玖良。
珍しい天然のエメラルドグリーンの長い髪。
濃いめの眉と勝気な瞳に威圧感を加えてさらに小悪魔と悪女をごった煮したような顔が挑発的に微笑んでいた。
彼女の言うネクラトロスケ。
根暗でトロくさいスケベという僕を指す言葉らしい。
根暗かどうかは置いといてスケベなのは否定はできない。
僕だって一応男な訳だし。可愛い女の子見るくらいは仕方ないと思うんだ。
でも見るだけでスケベは違うと思う。
むしろそんな年頃の男の家に勝手に上がり込んで起こしに来る葉玖良の方がスケ……ひぃ、ごめんなさいっ!?
別にトロいというわけじゃない。
学校の皆と変わらないくらいの平均的な身体能力はあるつもりだ。
むしろ葉玖良の方がせっかちなんだ。
時間だっていっつも学校始まる三十分前に起こしに来る。
ここから学校は目と鼻の先だから五分前にでても間に合うくらいなのにだ。
校門から道路を挟んですぐ目の前に家があるからね。
葉玖良は僕、新見黙人の幼馴染で家は隣。
お姉さんの神楽さんと二人で住んでいる。
ご両親は……聞いたことないな。ちなみに僕の両親は今は海外だけど。
父親が探検家? 童話作家? 良く分からないけどなんかそんな感じで、母を引き連れ海外逃亡から約五年。
男一人の家で僕が生きてこれたのは、ひとえに常塚姉妹が隣に居たおかげだった。
葉玖良による三ツ星シェフもびっくりの手料理と、神楽さんによる神がかり的な掃除テクニックに世話になりっぱなし。
逆らうなんて絶対にできない二人だ。
ベットの中でもぞもぞと動きながらパジャマを着替える。
どうせ頼んでも部屋から出て行ってくれない葉玖良のこと、下手に着替えるからあっち向いてくれなんて言おうものなら、この布団を引っぺがされて身包み剥がされ、こんな粗末なもん隠す意味ねぇだろ。
とか、再起不能になりそうな言葉を臆面もなく言ってくれることだろう。
布団の中で着替え終えると、力なくベットからでる。
まだちょっと眠いせいか、体が重たく感じる。
カバンに入っているものを焦点の合わない目で確認。多分大丈夫。
ふらふらと洗面所へと向う。
顔を洗って歯磨きをしている間に葉玖良が朝食を作ってくれて、後は僕が朝食を食べ次第、二人して学校へと向う。
これが僕のいつもの朝だった。
学園についた途端、葉玖良は机の上で力尽きた。……要するに居眠りだ。
まぁ、葉玖良は成績だけはいいから注意はされないだろう。
寝起きが悪いってのも有るけれど。
とにかく、僕とは頭の造りからして違うわけだ。優秀にも程が有る。
毒舌なとこさえ治ればモテモテだろうに、矯正する気配は微塵もない。
そんなことだからクラスから浮いちゃって女生徒からのファンレターとか貰うんだ。
容赦なく振られる女生徒が可哀想だ。一人で良いから僕に分けて欲しいよ。
「黙人、今日暇か?」
椅子に座って教科書を机に入れていると、横の席の人がやってきた。
素本学というこの男子生徒は、小学校からの同級生だ。
小学校高学年の頃一度だけ行方不明になって、一週間後に帰ってきたときは好奇心旺盛で頭の良かった彼はいなくなっていた。
替わりに、この魔王崇拝者の変人が素本学として登校してきてしまった。
行方不明の間に何が彼を変えてしまったのかは謎で、学に聞いても顔を青くしてガタガタ震えるだけで真相は不明。
その頃から髪も茶色に染めだして、秀才君から不良ルックに早変わり。
成績もぐんぐん急降下して今では最下位争いで不毛な戦いをしている。
学生服はボタンを全て外してカッターシャツはズボンから全部出し、ズボンのベルトは緩めてお尻でなんとか留まってる感じ。
ときどきボーダーラインを超えてトランクスがこんにちわしてる時もある。
口癖は「魔王様バンザーイッ!」。
やることなすことほんとにいるのかどうか怪しい魔王様のためで、学園長や生徒会に直談判して部員一名で黒魔術部を設立。
運動場の際奥のプレハブ小屋を野球部から奪い取り、勝手に黒魔術部室に改造して怪しげな研究の数々を繰り広げている。
「空いてるけど……また黒魔術?」
「まぁな。この歴史的瞬間をお前も味わえ。今日の放課後部室にくること。待ってるぜぃ我が同胞よ」
なぜだか分からないけれど、僕は彼の同胞ということになっていた。
切っ掛けは、たぶん一応小学校からの友だちだからと、とりあえず彼の話に頷き続けたのが原因だろう。
「魔王様は偉大なのだ」、「魔王様を知ってるかい」、「魔王様っていいよな」
こんな感じの言葉にとりあえず、うんうん、そうだね……と答えていった結果、何時の間にやら同胞になっていた。
これが腐れ縁という奴なのだろうか?
いつものように学に魔王様の良いところについて聞かされ、先生がやってくるまで放してくれなかった。
ある意味、ストレスたまるよこの生活。
登場人物
新見黙人
ネクラトロスケと呼ばれる引っ込み思案な少年。
常塚葉玖良
黙人の隣人。姉と二人暮らし。
何かの訳ありで姉妹共に髪の色がエメラルドグリーン。
素本学
黙人の友人。
小学校高学年の頃一週間行方不明になり、魔王崇拝者として覚醒した精神異常者。魔王のためなら命も惜しくない少年。




