二日の約束
玄関の鍵でもたつきはしたけれど、自分でもかなり急いだ方だと思う。
だけどやっぱり、案の定……
僕の家のダイニングルームに葉玖良が突っ立っていた。
「は、葉玖良っ!」
「お~、ネクラトロスケ? どうした血相変えて」
「な、なんでこっちに……」
「別に来たっていいだろ? 見られて都合の悪い物があるわけじゃなし」
「そ、それはそうだけど」
「っかしよ~、こんなトコにタオルだしっぱってどうよ? ちゃんとしまえっつーの」
タオルを拾い上げる葉玖良。
ピクシニーの敷布団代わりに使っていたタオルを僕に放り投げる。
その内部にはピクシニーは存在していない。ただの真っ白なタオルだ。
「って、あれ? タオル……だけ?」
「あん? 他にはなんもなかったぞ?」
「そ、そう?」
「くっそ。俺に隠れてなんか隠してると思ったのによ。タオル広げて新しい趣味でも見つけたか? つっまんねー」
タオル広げる新しい趣味って何だよ? とか心の中でツッコミながら、ピクシニーが見つからなかったことになぜか安堵する。
「あー、もう。つまんねー。エロ本の一冊や二冊ねェのかよ!」
いつだか赤井出先輩がくれたヤツ、葉玖良がベットの下から見つけて一週間くらいからかわれてからその類の物は一切置いてません。
というか、ピクシニーって人形と同じ位の大きさだし見つかってたらエロ本以上にヤバイよね? 本当に見つからなくってよかった。
「かー、面白みのねェ男だなァ、オイ」
「悪かったね……」
もう、何を言ったって僕が葉良に勝てるワケが無いので溜息ついでにせいっぱいの皮肉でも吐いておく。僕にはコレが限界です。
「あーもう、帰ろ。無駄に体力使った気分だクソッタレ」
ぶつくさと文句を垂れながら葉玖良が二階へ消えていく。
後でまた戸締りしとこう。蟻の子一匹入らないように確実に。
「ふぅ」
なんだか物凄く疲れた。肉体的というより精神的に。
『だいぶつかれてるみたいね』
「まーーーーね。葉玖良が相手だと変にツッコミとかできないしストレスが溜まるっていうかさ」
『だめにんげん』
「うるさいな。僕だって言えるものなら言って……」
慌てて真上を見上げた。
包帯でぐるぐる巻きになった物体が羽根を広げてふよふよと空中を漂っていた。
「あ……」
ピクシニーは高度を下げてきて食台に降り立つと、いそいそと包帯を取り始める。
『だめにんげん……むしろばか?』
「な、なんでバカなんだよっ! 僕は君にそんなこと言われる筋合いなんて……」
『ばかだよ。なにたすけてるの? ぴくしにーをころすんじゃないの?』
「な、何言って……」
『けいやくしないんでしょ? あのにんげんにぴくしにーをころすようにたのんだんじゃないの? なにたすけてんの?』
「その、僕は……えと……」
『なによ』
「殺すとか……殺さないとか……そういうのやっぱりおかしいよ」
『どこが?』
「どこがって……だってここは日本だし。殺人は犯罪だし……えと……」
憮然とした表情で包帯を取り終えたピクシニーは僕に向って飯台の上を歩いてくる。
『ぴくしにーはまぞく。にんげんじゃない』
「そうかもしれないけど……」
『じゃあどうして? どうしてぴくしにーをしょうかんしたの?』
「そ、それは……」
すでにピクシニーは僕の目と鼻の先まで近付いていた。
ここでもしピクシニーにあの風の魔法とか使われでもしたら……
ゴクリと喉がなった。
『ぴくしにーとけいやくするんじゃないの? そうじゃないならどうしてころさないの? おかしいよ』
「それは……」
きっかけは……学の趣味みたいなもので、召喚されてしまったピクシニーはむしろ被害者なんじゃないだろうか? そう考えると……
「おかしくても……おかしくてもいいじゃんかっ」
『は?』
なんだかわからないけど口が開いた。
口から言葉があふれ出した。まるで今まで溜めに溜めた感情を噴きださせるように怒鳴るような勢いで言葉を吐きだす。
「自分だっておかしいと思ってるよ! 自分の命狙ってきたワケわかんな人形みたいな女の子をだよ! 学に頼んで殺してもらおうとしたりさッ、傷ついた君を見ていられなくて助けちゃったりしてさ! 自分でも何したいんだかわかんないよッ! でも、それでも、目の前で死んで欲しくなかったんだッ!」
『…………』
「契約したいなら別のヤツとしてよ。僕にかまわないでよ。死にたくないし殺しなんて……人じゃなくてもしたくないよ」
『…………へんなやつ』
僕が突然声を荒げて話しだして唖然としていたピクシニーは、クールダウンしはじめた僕になにやら難しい顔で首を傾げて見せた。
『いい? けいやくってのはしょうかんされたじてんでしょうかんしゃとのあいだにしかできなくなるの。けいやくのはきはしょうかんしゃかわたしのしぼうのときだけ』
「学は? 僕と一緒に召喚したわけだし。僕なんかより君のパートナーとしても向いてるよきっと」
『もくとがまほうじんにふみこんだから。もくといがいはしょうかんしゃになりえないの! だから、けいやくするか、どちらかがしなないとぴくしにーはじゆうにこうどうできないし、まかいへかえることもできないんだぞ!』
自由に行動できないし、魔界へ……帰れない?
『けいやくすればけいやくしゃからまりょくがきょうきゅうされるからじゆうにうごけるけど、けいやくしてないとまりょくがきれたらせいしんからほうかいしてきえるんだよぴくしにーは』
「……え?」
精神から崩壊して……消える?
そうか、だから僕を攻撃してくるんだ。
契約して魔力が供給されるか、僕を殺さないといけないらしい。
『もくとがしんでけいやくがはきされれば、ぴくしにーがしょうかんじんにもどることでまかいへかえれるの、まかいならまりょくのきょうきゅうにことかかないし』
「えと、つまり、契約っていうのをすれば僕からピクシニーに魔力? が供給されるようになるけど、契約していない今の状態のままだと、魔力が切れるとともに死んじゃうっ……てこと?」
『だからひっしなのよ!』
「僕が死なない間は魔界ってとこにも帰れず、魔力の供給もできない?」
『そゆこと。だからぴくしにーはいのちをかけてきてるんだよ』
威張ることだったのか、胸を張って主張するピクシニー、愛嬌がありすぎて僕を狙ってくる悪魔ってことを忘れて見入ってしまう。
『わかった? だからけいやくするかどちらかがしぬまでたたかうか。たとえしょうかんしゃがあそびはんぶんだったとしても、よびだされたがわからすればせいぞんせんそうなんだよもくと』
「でも、僕は……死にたくないし。それに、契約してどうしろっていうのさ?」
『わかった』
飯台に胡坐をかいて座りこむピクシニー。
両手を組んで自分だけ納得したように首を縦に振った。
『うん、じゃあ……ふつかだけかんがえるじかんをあげようでわないか』
「……え?」
『いい? それまでにけいやくするかたたかうか……どちらかきめて』
「そ、そんな、二日だけなんて」
『それいじょうはまたないから。ふつかたったらもういちどもくとを……ぜんりょくでころしにくるから』
一方的に告げると、ピクシニーは立ち上がり、頭上高くへと舞い上がる。
「少なすぎるよ、ピクシニーっ」
『それいじょう……まてないから。それじゃ、また』
小さな妖精は、言葉だけを残し部屋からでて行った。
彼女の表情に嫌でも気が付いた。
二日。それが彼女の限界なんだ。
後二日で、おそらく彼女の魔力が切れる。つまり……消滅。
だからそれまでに考えろと。
時間いっぱいまで結論をだすのを待ってくれると言ってくれた。
きっと彼女なりの優しさだろう。助けられた恩返しなのかもしれない。
でも、僕は……
どうすればいい?
誰でもいいから、教えてよ……
登場人物
新見黙人
ネクラトロスケと呼ばれる引っ込み思案な少年。
ピクシニー
吸魔と名乗る妖精少女。電撃魔法を使い黙人に契約を迫る。
習得魔法
ラ・グ:電撃魔法の一つ。威力は一番低い。
シェ・ズ:風の範囲魔法の一つ。威力は低いが広範囲に被害を及ぼす。
常塚葉玖良
黙人の隣人。姉と二人暮らし。
何かの訳ありで姉妹共に髪の色がエメラルドグリーン。
成績優秀三つ星料理と才色兼備だが毒舌。
剣道部に所属する次期部長候補。ただし幽霊部員。
常塚神楽
黙人の隣人。妹と二人暮らし。
何かの訳ありで姉妹共に髪の色がエメラルドグリーン。
家事は得意だが料理は壊滅的。学食に勤め始めた時に作ったラーメンが校長の眼に止まり半永久的に学食で働くことに。
素本学
黙人の友人。
小学校高学年の頃一週間行方不明になり、魔王崇拝者として覚醒した精神異常者。魔王のためなら命も惜しくない少年。
鏑木沙耶
黙人の憧れの人。
隣のクラスの少女で彼氏あり。
神楽ラーメン崇拝者の一人。