常塚家で食事
必死の思いで台所に着いた僕は、なんとか自力で立ち上がり、タオルの上にピクシニーを寝かせる。
自分でやっていて自分の行動が良く分からないけれど、なぜだかそうしなければいけない気がした。
タオルに乗せてから確認したが、ピクシニーはまだ息があった。
もしかしたら致命傷ではないのかもしれない。
今から手当てをすれば元気になるかも。
って、元気にしてどうするんだ? バカか僕は?
また契約するとかで命を狙われるだけなんだぞ。
じゃあこのまま彼女が死ぬのを待つ? 見殺しにするの?
人間じゃないんだ。これは人殺しじゃない。だから別にピクシニーが死のうと僕には関係……関……け……い。
『ぅ……ン……』
苦しそうなうめき声。目の前にいるのは自分よりか弱い傷付いた女の子。
いや、女の子じゃなくて魔物であって、でも……でも……
「ああもう。何やってんだ僕は……」
自分が何をしたいのかわからなくて、頭を抱えて悩みこむ。
自分は何でこの娘を連れ帰った? 学から重症のこの娘を隠した?
何がしたいんだよ僕は……
「殺されちゃうかもしれないんだぞ……そんなヤツをどうして連れ帰ったんだよ?」
自問自答しながらピクシニーを見る。
その無残な姿に……僕は……
やっぱり……ほっとけなかった。
「ああ……もう、僕のバカ!」
急ぐように戸棚に向かい、救急セットを求めて探りだす。
「こ、後悔なんかしないんだからなっ。約束なんだからな!」
自分自身に言い聞かせるようにして、ようやく探し当てた救急箱を抱えて戻る。
「魔物に使って大丈夫なのかな? ええい、もうどうにでもなれ!」
綿に消毒液をつけて、ピンセットで摘んで傷口を拭いていく。
消毒液が染みるのか、綿が当たる度に苦しそうに呻くピクシニー。
それがなんだかとても痛々しくて、こっちまで辛くなった。
幸い、風で切り裂かれた皮膚は血の滲みも少なく、深い傷も数箇所程度。
殆どなかったので応急処置はすぐに済んだ。
消毒の後はどうすればいいか分からなかったので傷にバイ菌が入らないように包帯で全身ぐるぐるに巻いて放置。
一応、羽根は外に出しておき、息ができるように口にまで包帯というポカはしなかった。
「ふぅ、これでなんとか……」
「ネクラトロスケッ! 何チンタラやってやがるッ!」
ようやく一息ついて、安堵したのもつかの間、二階から降りてきた葉玖良に慌ててピクシニーを背中に隠す。
「あ、は、葉玖良?」
「メシだ、メシ。さっさと来やがれ」
「う、うん、すぐに行くよっ」
にしても葉玖良はどっから入ってきたんだ?
「あ~ん? なんか変だな? 隠し事してますって面してるぞネクラトロスケ」
どんな面だよ? とか思ったものの、近付いてきた葉玖良に全身が凍りつく。
「なんか隠してンのか? あぁ?」
「か、かかか、隠し事なんてないよッ! ほ、ほら、ご飯ご飯! 神楽さんがお腹すかせてるよ!」
覗きに来た葉玖良を一瞬早くユーターンさせてそのまま部屋の外へと押しやる。
「あ、おい? ちょっと? 何隠してやがんだテメェ!?」
「ご飯ご飯。葉玖良の作った美味しいご飯早く食べたいな~」
「バッ、なっ、何言って……ああ、もう、わかった! わかったっつーに! そんな押さなくても行くよ! メシ食べ行くって!」
なおも葉玖良を押しやりながら、僕は常塚家へ食事に行った。
いつもそうなのだけど、夕食は常塚家でご馳走になっている。
僕一人だとコンビニ弁当になってしまいそうだから仕方なくという葉玖良の気配りでもう10年以上が経つ。
葉玖良は料理だけは高級料理店並の上手さなので僕も遠慮なくご馳走になっている。
まぁ、さすがに食べて帰るだけじゃただのヒモみたいなので、せめて洗物は手伝って帰るのがいつもの日課だった。
葉玖良としても、作るのは得意だけど後始末は苦手なので、僕のこの申し出には助かっているとか神楽さんが言っていた。
今も後始末は僕と神楽さんに任せ、葉玖良は居間でTVを見ながらだらけている。
カチャカチャと神楽さんが食器を洗う音を聞きながら、神楽さんの洗った食器を拭いて籠に入れていく。
「そういえば、黙人君は今日も医務室に運ばれていたけど大丈夫だったの?」
自分の茶碗を洗いながら神楽さんが聞いてくる。
「あ、うん。いつものことだし」
神楽さんから茶碗を受け取り水気を拭き取る。
「でも、毎度毎度よく倒れるわね。もしかして体が弱いの? お医者さんに見てもらう? 連れて行ってあげるけど?」
「え? あ、いや、そこまでは……」
茶碗を籠に入れながら慌てて言葉を返す。断わらなかったら本当に連れて行かれかねない。
神楽さんは自分のラーメンが死神ラーメンと呼ばれていることを知らないのだ。
いつもいつも神楽ラーメンを食べて人が倒れる時だけ都合よく余所見をしていて、自分のラーメンで人がどうにかなったなんてこと自体全く知らない。
だからいつもしつこく自分のラーメンを食べるように勧めてくるのだ。
とはいえ彼女からすれば自分の作った物を食べてもらいたいだけの誠意しか篭っていないはずの食べ物。
そんな毒物いりませんなどと彼女の笑顔を見ながら、果たして誰が言えようか?
そんなわけで、彼女は自分のラーメンを好きな人からの熱い声援のみが聞こえ、一方で死神のラーメンと呼ばれている事実さえ知らないという現状が生まれているのだった。
随分と都合のいい状況である。
「ネクラトロスケの持病みたいなもんだし、姉が気にするもんでもねェよ」
暇を持て余した主婦が昼のドラマを煎餅パクつきながら見るように寝転んだ体勢でTVを見ていた葉玖良からフォローが入る。
「そう? でも黙人君、どうしても辛いようだったら言ってね。私なんかでよかったらなんでもするから、ね」
とびきりの笑顔で言われると、ついつい顔が赤くなってしまう。
悟られないようにすぐさま「……うん」と言葉を返してそっぽを向く。
食器を拭くことに集中してなんとか切り抜け、最後に葉玖良の箸を籠に入れると、片付け終了。
これから帰ってピクシニーの様子見て……あれ?
台所から振り向けば、何時の間にやら葉玖良の姿が消えていた。
「あら? 葉玖良どこいったのかしら?」
……嫌な予感がした。
「えと、神楽さん、僕今日はこれで帰ります」
「あ、ええ。気をつけてね」
神楽さんに別れを告げて急いで家をでる。隣にある自分の家へと駆け込んだ。
登場人物
新見黙人
ネクラトロスケと呼ばれる引っ込み思案な少年。
ピクシニー
吸魔と名乗る妖精少女。電撃魔法を使い黙人に契約を迫る。
習得魔法
ラ・グ:電撃魔法の一つ。威力は一番低い。
シェ・ズ:風の範囲魔法の一つ。威力は低いが広範囲に被害を及ぼす。
常塚葉玖良
黙人の隣人。姉と二人暮らし。
何かの訳ありで姉妹共に髪の色がエメラルドグリーン。
成績優秀三つ星料理と才色兼備だが毒舌。
剣道部に所属する次期部長候補。ただし幽霊部員。
常塚神楽
黙人の隣人。妹と二人暮らし。
何かの訳ありで姉妹共に髪の色がエメラルドグリーン。
家事は得意だが料理は壊滅的。学食に勤め始めた時に作ったラーメンが校長の眼に止まり半永久的に学食で働くことに。
素本学
黙人の友人。
小学校高学年の頃一週間行方不明になり、魔王崇拝者として覚醒した精神異常者。魔王のためなら命も惜しくない少年。
鏑木沙耶
黙人の憧れの人。
隣のクラスの少女で彼氏あり。
神楽ラーメン崇拝者の一人。