プロローグ
魔界。
それは神話の時代、神々に追われ地の底へと逃げ込んだ魔物と呼ばれる者たちの住処。
現世とよばれるこの世界のあるいは地中深く、あるいは位相世界、あるいは別次元に存在するとされる世界のことである。
そこには幾多の種族が住むという。
指先位の小さな身体に昆虫の羽を生やす悪戯好きの妖精、高貴なる魔界の貴族であり人間の血を好む吸血鬼、あるいは本能の赴くまま目に付くものに噛みつく魔獣。
そこには無数の種族が住みこみ、それぞれの種を代表する王が治める。
自治区という区切りはない。ただ弱肉強食の世界だ。
その中でも、統括者は存在する。
魔物たちを統べる者、その名を魔王と呼んだ。
「ついに……俺は解明したんだ……」
一本の蝋燭に照らされた薄暗い部屋で、黒いフードを被った誰かが呟いた。
感嘆を押し殺したその言葉に、どれ程の感情が詰め込まれているのか、彼以外には誰にもわからない。
ただ、苦節数年の苦労がようやく報われた事だけは確かであった。
部屋は黒のカーテンで外界と区切られ、床には赤い何かで魔方陣が描かれていた。
フードを被った人物は、右手に髑髏の付けられた錫杖、左手には開かれた一冊の分厚い本を持っていた。
締め切った部屋は淀んだ空気を漂わせ、揺らめく蝋燭が男の動きで激しく揺らめく。
「ついに……俺の念願……」
フードを被った人物は本を閉じる。
ぐっと溜めこみ、まだ溜めこみ、思い切り両手を掲げて力の限り叫んだ。
それを喜びの咆哮だと、誰が気付けただろう?
「魔王様降臨祭だぁぁぁぁッ!」
「学、静かにおしッ!」
「は、はいッ!?」
どこからともなく聞こえてきた母親の声に萎縮するフードの人物。
声に驚いた拍子に手にした本を落としてしまう。
足を本に潰された断末魔の声と母親の怒声が響き渡った。