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前編:多趣味老狐の生涯(ダイジェスト版)





そもそも柵木のくだりまで本編を読み進めてくれてる読者がいるのかどうか。

―名士歴1377年10月28日・エレモスはヴラスタリの地方都市にある民家―


 その日、狐系禽獣種の家系である柵木家の邸内に産声が響き渡った。長男とその妻との間に、待望の第一子たる女児が誕生したのである。女児は長男の父親(すなわち女児の祖父)により、その恵まれた体格と『その身に受けた何倍もの恵みをもたらし、世界をより豊かで幸福なものとする力のある才女となるように』という想いに因み『豊穣』と名付けられた。


 その影響からか豊穣というその女児は祖父に大変懐いており、しばしば膝上に抱かれては頭を撫でて貰ったり、耳の後ろを弄られたり、或いは様々な話――神話や童話から学問の知識、或いは多趣味かつ破天荒で愉快犯めいた自由人たる祖父自身の体験談など――を聞くのがとても好きだった。豊穣が成長するにつれ祖父の膝上に抱かれることはなくなっていったが、それでも彼女と祖父はある意味で特別な関係にあり、その絆はとても強かった(無論、だからと言って豊穣と祖父が他の家族に対し薄情であったとか、そういうことは一切ない)。

 豊穣は事あるごとに祖父を頼り、何らかの障害にぶち当たれば祖父に教えを乞い、またそれらへの恩を返す為にあらゆる努力を惜しまなかった。二人は(しばしば他の家族や、或いは互いの友人知人も連れて)到る所を訪れ、そこで様々なものを見聞きし、時には触れ、掛け替えのない時間を過ごし、その一秒一秒を克明に海馬へ刻み込んだ。


 だが、悲劇は唐突に訪れる。その兆候が現れた日時は定かでないが、恐らくは豊穣のクロコス・サイエンス就職が内定し、あとは卒業研究を進めながら卒業を待つばかりという時期に――祖父が認知症になってしまったのである。

 それは最初こそ微々たるもので、絆の強い豊穣ですら気付かないようなものであった。だが、やがて病が進むにつれて記憶障害や計画性も意味もない奇行(本来祖父が奇行に走る際、それには何らかの計画や明確な意味が存在するというのが柵木家の常であった)といったものが顕著になっていき、心配になって医者に診せた所、認知症と診断されたのである。

 妻を、亡き親を、子を、そして孫である北条を――大切な存在の記憶を次々に失うことによる人格的な死に図らずも直面し、更にそれを自覚すらできない祖父の現状を、家族を始めとする周囲の者たちは嘆き悲しんだ。当然豊穣もそれは変わりなく、絆の強さ故に誰よりも深い悲しみと絶望に心を支配されそうにもなった。だがそれでも彼女はへこたれないばかりか祖父を守るべく様々な策を練り、やがては家庭を取り仕切り先導する、誰もが認める指導者が如し地位を確立していくようになる。その甲斐もあって祖父はトラブルを起こすことも怪我を負うことも一切なかったという。


 一方で豊穣の行動は祖父を"守る"だけに留まらなかった。彼女は何とか自身の学んだ魔術で祖父を救えないかと考え、クロコス・サイエンスにて事務担当として仕事をこなす傍ら大学へ再入学し魔術医療を専攻。認知症の治療方法を模索し始める。


 然し、ここでまた悲劇は訪れた。豊穣が目当ての"答え"を見つけるより前に、祖父が老衰でこの世を去ってしまったのである。"認知症の祖父を守り救う"というほぼ唯一の生きる意味を失った彼女は全てに絶望し部屋へ引き籠るようになり、過度なストレスから拒食症に陥り、更には祖父を救えなかった自責の念から自殺を前提とした自傷行為に及ぶようになってしまう。彼女を慕う数多の者達はそれを嘆き悲しみあらゆる手を尽くしたが、絶望により固く閉ざされた豊穣の心が開かれることはなかった。


 引き籠って一年半、生物として必要最低限の活動しかしなくなっていた豊穣は、久しぶりに夢を見た。

 夢の中での彼女は、どこまでも続く曇りのない青空と、それを鏡面のように濁りなく映し出す鏡面のような果てのない水面によって成された空間に、寝間着姿で佇んでいた。

 ここはどこだろう。どうして自分はここに居るんだろう。豊穣が一人そう思っていると、ふと背後から自分を呼ぶ声がした。温かみと雄々しさに溢れた、心に沁み入るようなその声を持つ人物ヒトは、彼女の記憶の中に一人しかない。そう思って振り向けば、やはりそこには思った通りの人物――豊穣がこの世で誰より愛した、亡き祖父が佇んでいた。


 言葉が出なかった。

 言いたいことが沢山、宇宙にある原子の数程あった筈なのに。

 声さえ出なかった。

 謝りたいことが沢山、海さえも埋めてしまえる程あった筈なのに。

 涙とて出なかった。

 泣きたい理由が沢山、体が干乾びて喉から血が出る程あった筈なのに。

 理由はわからない。ただ、目の前に佇む祖父が、この上なく穏かで、優しさに溢れた、然しどこか悲しげな笑みを浮かべていることだけは確かだった。


 言葉も声も涙も出ず、祖父と向かい合うことしかできない豊穣は、いっそ己の身を引き裂いてしまいたくなるほどに自分を恥じた。

 そしてそんな彼女に、祖父はただ、優しく言葉をかける。



『豊穣、我が最愛の孫娘よ。もう気に病むでねぇ。わしはもう死んだんじゃ。おめーの努力はわかるが、もう終わったことなんじゃ。ほじゃけぇ、これからはわしの為にでのーて、自分の為に生きぃ。おめーが幸せじゃっちゅうことこそが、今のわしにとって最高の幸せなんじゃ』



 そう告げた祖父は、黄金色をした光の粒子となってその場から消え去っていった。同時に青空と水面で成された果てなき空間は崩れ始め、豊穣は目を覚ます。


 そして彼女は夢の中での祖父からの言葉を受けて過去を吹っ切り、柵木豊穣という一人の女として、自分の為に生きようと決意する。多趣味で破天荒な歌舞伎者であった祖父のように、或いは更に自分らしさを出すべく歩き出した彼女は、自身のキャラクターをより濃いものにすべく元々"うち"であった一人称を"妾"と改めるなど、より天才的でエキセントリックな生来の性根を前面に曝け出していくこととなる。


 そして時は巡り、彼女は様々な出会いをした。若き地龍種の女を社長にまで育て上げ、生体災害で故郷を失った少年を拾いその生活を全面的に補助、ガス爆発事故で瀕死の重体であった優秀な医師を裏で別人として蘇生するよう指示し、物憂げな孤児の少女に教えを説きその才能開花に貢献した。いつしかそれらの面々とよくつるむようになっていた豊穣は、仲間達共々クロコス・サイエンスの名物となっていた。

 また、ある古代史とゲテモノをこよなく愛する若手女性人形師とも親しくなり、多くの事を語り合いもした。


 そしてクロコス・サイエンスがゴノ・グゴンに操られる形で中央スカサリ学園との戦争を始めた時、彼女は罪悪感から脳内で縁を切ろうと、祖父の事を考えるのをやめてしまった。本当は切りたくなかったし結局切ることなど叶わなかったが、悪に手を染める孫の姿など見たら祖父は悲しむだろう、もう顔向けできまいと思ってのことであった。


 そして名士歴1522年12月。異世界より来たる忍者の少女と戦った彼女は、刃物で胴体を上下に分断され即死。その死に顔は、幸福感に充ち溢れたものであった。その後、その有り余るエネルギーに目を付けたマイノスにより仲間四人共々拾われ臨母界にて第二の生涯を謳歌し始めるのであるが、それはまた別の話。



次回、物語は柵木の死後から数年後!

ある自然現象が運命の歯車を回す(んじゃないかな)!

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