探偵と助手、電車に乗る
ボサボサの髪に無精髭、ヨレヨレの黒スーツに黒い中折れ帽子。何物語のつもりだ。「そんな格好して、洒落た車とか持ってないのかよ」
最寄り駅からしばらく、途中見たことも聞いたこともないローカルな線に乗り継ぎ三時間以上も電車に揺られている。もはやここがどこなのかもわからない。
「車なんかより電車の方が楽だろ?」
この男はいつもそうだ。面倒なことを避け、のらりくらりと生きている。私が知る探偵のイメージとは似ても似つかない。
うちの二階に事務所を構えている自称探偵。浅黄博仁。細身で長身だが猫背で、まだ30手前というのになんともいえない哀愁を漂わせている。仕事も、家出猫を探したり浮気調査したりいたって地味。…まあ、実際の探偵ってのはそういうもんだと分かってるけど。
天国と地獄。浅黄の携帯が鳴った。
「んー」浅黄は面倒臭そうに携帯を見つめるている。
「依頼人だろ?出ないのか?」
「車内での通話はマナー違反だよ?」
勿論その通りだ。だがこの車内には車掌を除き自分と浅黄以外いない。一体誰が迷惑を被ると言うのだろうか。
「残念、切れた」浅黄が笑う。…何が残念だ。面倒なだけだったくせに。
天国と地獄は浅黄が面倒な依頼を受けたときに設定する着信音だ。面倒くさがりの彼がわざわざ個別に着信音を設定するほどに。
「これは面白くなりそうだ」タクミはふふっ、と小さく笑った。
「なんだよ、気持ち悪いなあ…あ、ついたよ。とりあえず駅には」
「なんだよとりあえずって…」
どうやら終点だったらしく、二人がホームに降り立ち車掌にペコリと頭を下げると、電車はほどなくしてもときた方向へと戻って行った。
小さな無人駅の改札をでるとそこは林の中にあったようで、草木以外には何もなかった。遠くに見える山の付近にかろうじて家屋が点在している…ような気がする。
「さて、ここからどうしようか」そういって浅黄は地図を広げる。ここからは完全にノープランのようだ。
「目的地は?」そう訪ねると浅黄は遠くのを山指さした。同時に熊出没注意と書かれた朽ちた木の看板が落ちた。ギャアギャアとカラスが一斉に飛び立つ。
そんな不気味な空間に天国と地獄が鳴り響いた。「天国か、はたまた地獄か…」
「つまんないこと言ってないで、迎えに来てもらえよバカ!」
タクミの罵声にまたカラス達が飛び立った。