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Under;Sky  作者: 大麻要介
8/15

それは、邂逅(5)

 リアード・ディルフォリアの手の中で、グラスが割れる。

 その手から滴っていく赤い滴は、ワインだけではないだろう。

 だがそれを気にする様子も余裕もなさそうに、彼は重く声を吐き出した。

「……ああ、申し訳ない。近頃はどうも耳が遠くていけない。……もう一度、この老害のために、さっき言ったことを繰り返してくれ」

 ユグドラシル最上階13階の迎賓室で、無駄な調度品に囲まれながらワインを嗜んでいた先刻までの彼。角で控えるお付きの仮面にグラスを差し出す程度には、彼の機嫌はよかった。

 ただし今は、壮麗な身から溢れる怒気を抑え切れていない。

 かしずくように膝をついた警備服の二人の男は、その極めて穏やかで優しげな口調に震えていた。

 遠目からでも乾いているのが見える唇を開き、掠れるような声で報告を繰り返す。

「じ、十階『保管庫』から、例の少女が何者かに奪取され……そのまま逃亡、しました……」

 数分前に起きたことを、そのまま男は伝えた。

 実のところ、この男が来る前にディルフォリアは報告を受けていた。だがそれでもわざわざこうして警備担当を呼びつけて言わせているのを見れば、彼の性根が透けて見えるようであった。

 椅子に腰掛ける貴族は、静かに言う。

「なるほど。……それで私が直接に警備を命じた君たちは、それを黙って笑顔で見送ってやった、と」

「そ、それは誤解ですマイロード!!」

「まさか、あの場で彼女が目覚めるとは……どうかお許しを!!」

 男たちは同時に姿勢を崩して毛足の短いカーペットに額をこすりつけた。心臓を握られたも同然の彼らでは、この姿勢を取る以外に道など無かった。

 だが、そんな他人の無様な姿を吐くほどに見てきた貴族は、勝手に言葉を続ける。

「いやはやなんとも気前の良い話じゃあないか。一週間という時間をかけてようやく汚い地上から見つけたあの子を、どこの誰かも分からない地虫に渡してしまうだなんてねぇ。仲が良いようで大変よろしい」

 カツ、カツと指で自らの感情を表現する。

「そのようなことは……お、お許しを……」

「どうか……」

 さらに頭を低くし、無駄とも思える姿を晒した。

 立ち上がり、一歩、二歩。足音を聞かせるように、ディルフォリアは頭を押しつける男へと歩み寄る。

 そして震える肩に手を置くと、男に顔を上げさせた。その怖れに染まる表情に向けられたのは、一階で見せた、ろうのような空虚な笑み。

 ディルフォリアはつり上がる口角から、こう言った。

「許そう」

「…………は?」

 間の抜けた言葉は、思わずだったのだろう。

「君たちを許す、と言ったのだよ。思い出してみれば私は一度の失敗程度なら許す、寛容な人間だった。ーーさぁ、もう行きたまえ。目障りだ」

 意外な許しを得た二人は呆けた顔をしていたが、一度見合わせると何を言われたかを理解したらしい。

「ありがとうございます!!」

「この汚名は早急にそそがせていただきます!!」

 一転して希望に満ちた表情に変わると、立ち上がり身をひるがえす。

 彼らの一歩一歩は、死の淵からの生還もあって生きていることを噛み締めている、そんな力強いものであった。

 だが。

 乾いた音とともに、五歩と歩かなかった二人の額に、風穴が空く。

 意志をなくした肉が二つ、高級なカーペットに転がる。

 ディルフォリア・リアードの前に死体が横たわる。それは珍しいことなどではなく、その後片付けを近衛に任せるというのも決りきっていた。

 そもそも生来の潔癖症である彼は、殺しはするがあとは放るという傍迷惑なやり方をするため、後に残ったゴミからはさっさと離れるのがいつもだ。

 しかし、今回は少し違っていた。

「このクズどもがぁ!!」

 目の前に転がる肉塊を、ディルフォリアは蹴り飛ばした。

物言わぬそれは、うめくことも悲鳴をあげることもない。

「テメェらのせいで私の予定が狂っちまったじゃねぇかオイ!! どうしてくれんだよ、あの女がいねぇと本国と話がつけらんねぇだろうが!!」

 腹を、足を、頭を。ディルフォリアは口汚く足蹴あしげにし続ける。その顔はいつかに見せた甘いマスクなどではなく、怒りに我を忘れた凶人のそれである。

 『仮面の近衛』はいつまで続くのかと内心で思っていたが、それほど動ける体をしていない貴族様が肩で息をするのに、時間はかからなかった。

 踏みつけ蹴りつけ、それでもまだ足りないといった様子で、乱れた艶のある髪をかきあげた彼は、息を深く吸い、そして吐く。

 そして、一言。

「……困るなぁ、君たち。私は許すと言ったのに」

 いつものように、いつもの微笑を浮かべてそう言った。 

 慣れない怒号で血圧が上がったらしく、

ディルフォリアはフラフラと元の椅子へと腰を落ち着けた。

「目障りだから行け、と申されましたので。申し訳ありません」

 低い声で仮面は答えた。

 彼らは、先ほどから目配せをしているディルフォリアの考えを汲み取ってやっただけである。

 だがここは、彼の考えを汲み取って、自分のせいということにしておいた。

 乾いた喉を労るようにボトルから直接ワインを流しこんだディルフォリアは言う。

「さて、この無能どもの後始末をさせられることになるわけだが、どうしようか。 この辺り一帯に何か理由をつけて、兵士でもばら撒こうか」

 見るからに苛立っているという態度を隠そうともせずに、彼は頭を掻きむしる。

 しかし眉一つ動かさず……かどうかは分からないが、顔を隠した近衛が諫言を呈した。

「恐れながらマイロード。例の少女のこともあります。派手なことは避けたほうがよろしいかと」

 仮面は熱をもったディルフォリアの案を婉曲に却下する。

 この男の抱える事情を考えれば、その意見は妥当なものであったことだろう。しかし、無駄なプライドを意味もなく持つ、というのはもはや古今を問わず貴族のステータスとすら言える。

 自分に使える者に意見されたことは世界からもてはやされる国の貴族にとって、面白くなかったらしく、ディルフォリアは投げやりに言いつけた。

「では、君たちがバレないようやりたまえ。必要ならば多少の人員は出そう。指揮は一任する」

「……御意に」

 答えるのにいくらか間が空いたのは、呆れた溜息を逆流させるためだろうか。

 自分の玩具を思い通りに動かしたのに気をよくして、気まぐれな貴族は精緻な細工の椅子から立ち上がる。

「色好い報告は、早く聞けるといいね。ーーあと、医師をよんでくれたまえ。右手が痛くて仕方がない」

 それだけを残して、ディルフォリアは奥の部屋に引っ込んだ。ドアの上には「仮眠室」とある。

 少し見えた限りでは、仮眠にはベッドが大きすぎる気もするが。

「よろしいのですか? エット」

 ドアの閉まる音が聞こえたところで、仮面の一人は声をひそめて喋った。

 意図して声量を加減していても、きっと綺麗な声をしているのだろうというのが伺える。

「なんだ。トーヴォ」

「なんだ、ではなく。本当にこんなことをするのかということです。結局はあの男のワガママでしょう。私たちが動くことではない。そもそも、マイロードと呼ぶのもおかしいのですから」

 そこまで言われて、ようやくエットと呼ばれた方は、あの男の都合で自分たちが半ば強引に連れてこられたのを思い出した。

「……そうかもな。俺もそう思う」

「だったらーー」 

「でも俺も俺なりに、思うところがるんだよ」

「思うところ?」

「ああ、まだナイショだけど。けどそういうわけだから、ちょっとアイツのワガママに付き合ってもいいかなって」

「そう、ですか」

 トーヴォが納得していないのは、仮面で表情を隔てているとはいえ雰囲気でも分かる。

 なので、エットは彼女も納得するであろうとりあえずの理由を、呟いておいた。

「それに、ここは横浜だしな」

 顔を見なくても、伝わることがある。

「……はい」

 二人の仮面は、互いに頷きあった。

 おそらくは、同じことを思いながら。


____________________



 年頃の少女を、それも素っ裸の状態で部屋に上げるということがどれほど面倒なことかというのを、経験がないながらも相馬奏多は知っている。

 理由は明快。今の彼の置かれた状態がそれそのものだからだ。

「……マジでどうするよ、これ」

 額にベタつく汗を感じながら、奏多は己の状況を確認し始める。

 偶然というのか、二人が墜落した屋上というのがこのマンションだったため、連れてくる道中に絡まれるということは幸いにしてなかった。

 だが、降りてきていざ戻ろうとドアノブに手をかけたそのときに、問題が浮上してきたのだ。

 部屋の中に、啓護がいる。

 研ぎ澄まされた彼の感覚が中の人間の気配を伝えてきた。

 誤算。全くの誤算。

 日の傾きを考えればまだ帰ってきてはいないだろうと踏んでいた奏多にとって、これは望まざるアクシデントであった。


「同居人が裸の女を自宅に連れ込んできた」


 いま入れば、間違いなくその冤罪のもとに容赦なく中の人間に裁かれる。

 さらに間の悪いことには、なりゆきとはいえ彼はユグドラシルでの仕事をサボったかたちになってしまっている。

 つまり、罪状の頭に「仕事をサボって」という文言が追加されるのだ。

(いや、詰んだだろう。これは)

 悪条件が重なりすぎて、身動きがとれなくなってしまってからややしばらく。

 そして現在にいたる。

 自宅であるマンションの部屋の前で首をひねり続けて十分は経過しただろうか。

 この事態の打開をはかるために、奏多はひたすら江川啓護攻略案を捻りだそうとしていた。すでにaからzまでの記号を付けた案がボツをくらっている。

「『実はこいつ俺の妹なんだよ作戦』は……ダメだ。追求されたら確実にボロが出る。いやまて。大戦で行き別れたって設定にすればあるいは……」

 裸体の女の子を背負い、扉の前でブツブツと何事かを喋る男。

 傍から見れば変質者以外の何者でもないということに、彼は気づいているのだろうか。

「なぁおい、お前もなんか知恵を出そうぜ」

 背中に好ましい感触を二つ感じながら、奏多は背中で可愛らしい寝息をたてるそれに語りかける。

 悩みなど煩わしいものから解放された、安らかな寝顔。奏多が今、何よりも欲しいものだった。

「クソ、誰のためにこんなことしてると思ってんだか」

 ならば捨てろという意見は自動的に却下されるので悪しからず。

 するとそこで、頭を抱える奏多に、何かが降りる。

「ーーそうだ」

 それは、誰が言ったのかは定かではない「逆転の発想」という、先人の言葉だった。

「逆にここは堂々としてればいいんじゃないか?」

 だが、それは少々逆転しすぎていた。

「何も飾らず、堂々と、いつものように。このまま入っていけばバレないよな、きっと。うん、キープコモン」

 途端にそれが名案のような気になり、奏多はあれほどためらっていたドアノブをあっさりと回すことができた。

「ただいまー」

 いつもなら決して言わないような台詞を吐きながら、帰宅を知らせる。

「え? ああ、なんだお前か。おかえり……って奏多、お前仕事サボってどこ……行って……」

 予想通り啓護がそこにはいた。昼間の件の怒りは時間によって風化したようで、いつものような顔だった。

 それが、なぜか今はギリシャ神話の怪物に睨まれたかのように固まっている。

「いや悪かった。なんか急に面倒くさくなってな」

「…………………………………………」

 いつもならそこで何か一言でも飛んでくるのだが、啓護は滅多に見せない間抜けた面を晒すのみ。

 だがその明らかに不自然な様子を奏多は気にせずに、裸の少女をソファに寝かせ

「そういえばお前は大丈夫だったか。ほら、あの停電のとき」

「…………………………………………」

 羽織らせていた作業着の上を脱がせ

「ユグドラシルが一気に暗くなったもんなぁ。儚とかは大変だったろうに」

「…………………………………………」

 一糸まとわぬ少女の隣に座った。

 一息おいて落ち着いたそのとき、奏多はようやっと気づいた。

「おーい、啓護ー? なんで黙ったままなんだー?」

「…………………………………………」

「おいおい啓護。なんだよその手に持った牛刀は。どっから出したんだ。しかもそれ、肉とかを小さく切るためのものだろ。なんで俺に向けてんだよ」

「…………………………………………」

「どうしたんだ啓護。なんで切っ先を狂いなく俺に向けたまま近づいてくるんだよ。危ないだろ」

「…………………………………………」

「なぁ啓護。この距離はちょっと洒落にならないな。ちょっと、ほんのちょっとだけでいいから離れよう。いや近づくんじゃなくて、離れるんだ」

「…………………………………………なぁ奏多」

「どうした啓護」

 何かが……そう、感情が抜け落ちたような眼で啓護は奏多を見据える。

「お造りと、飾り切り。どっちが好みだ?」

「五分ください。説明をさせていただきたく思います」





 奏多において人生初の誠心誠意という言葉を実行した甲斐あってか、血の惨劇はどうにか回避された。

 いや、目の前に眠る少女のインパクトが強すぎたために、死刑執行人がそこまで気を割けなかったからかもしれないが。

「……とりあえず、ありもので着せてみた」

 脱衣所から空色の髪をした少女を抱えて、啓護が出てきた。

 中で何をしてきたのかは、彼の赤面と衣替えをした彼女の姿から想像してもらいたい。

 少女の服装を舐め回すように見た奏多は顎を押さえながら言う。

「ほうほう。素肌に丈が長めのYシャツを着せるとは。ーー見えるか見えないかのギリギリのラインを維持しつつもその花園は決して顔を見せることはなく、隙間から覗く白い肌は妖艶さを失っていないどころか青みがかったシャツによってむしろ際だっている。十分に起伏した、それでいてどこか幼さを残す体つきが薄い生地を押し上げている姿はまさに圧巻の一言。しかもここで七分丈や半袖といったを選ばなかったのは高得点だな。あれは邪道以外のなにものでもない。基本に忠実、かつ王道である「袖のボタンを留めない」というのを守っているのも心憎くて好感が持てるぞ。…………なかなかに芸術というものを心得ているようだな、啓護」

「これしかなかったんだよ!! 今朝着てた僕らの部屋着は洗濯してるし!!」

「まぁまぁ、解ってるよ。……それで、お前から見た感想は?」

「目隠ししながらやったよ……」

 奏多は自分がやると言ったのだが、過去の前科から信用ならないとして女性耐性ほぼゼロの彼自らがやった結果、これである。

 それでも最後まで逃げ出さなかったところを見ると、律儀というべきなのか。

 啓護は頬に朱を残したまま、手に持つものをソファに下ろす。

 そして熱を冷ますためか二度息を深く吸って、吐く。

「それで奏多、この子は一体何なんだ」

 そして真っ直ぐに、そう尋ねてきた。

 奏多は二年間で、この眼差しを幾度か見たことがある。

 誤魔化しや嘘などを吐くことを許さない、言外の圧力を以て真実を押し出そうとする視線。

 その眼は、大戦時代に小耳に挟んだ彼の、江川啓護の戦場での活躍を奏多に朧気おぼろげに思い出させていた。

 だがそれでも。

「拾ったんだよ」

 そこで横になっている少女のことを、奏多が何一つとして知らないのも事実。

 ゆえに、彼は事実を嘘で補完することを選択した。

「拾った? 女の子を?」

「ああ。そこの裏通りに近いところでな」

 一応、奏多は嘘は吐いていない。

 少なくとも「拾った」という部分に関してだけ言えば。

 だが、意外なことに奏多の説明は、この付近の事情をしっている啓護にとって割と納得できるものだったらしく、次の彼の台詞は訝しる質問ではなく新たに生まれた疑問だった。

「裏通りって……まさか『市場いちば』じゃないだろうな。だとしたらーー」

「信用ねぇなあ」

 訝しげな啓護の言葉を、奏多は苦笑で否定した。

「さすがに仕事サボってあんなところには行かねぇよ。ーーそれに」

 奏多の口が笑みの形をつくる。

 その笑いは、決していつもの彼が見せるのと同じものではない。嘲るような、そんなわらい。

 言葉をわずかな笑みにのせて、奏多は言う。

「俺、あそこが嫌いだって知ってるだろ?」

 啓護が一歩後ずさった、気がした。

 奏多としては自分の説明に信憑性がつけば御の字、程度の駄目押しの一言だった。

 だが、気づかず出てしまっていたらしい。

 彼の、地の感情が。

 気づいた奏多は苦しさを自覚しつつ、取り繕う。

「ほら、なんていうか気紛れ、だな。道端に全裸の美少女が寝ていたら、さすがの俺でも助けようかな、なんて思ったんだよ」

「ふーん……まあ、そういうことなら」

 まだ顔に不審の色は若干残ってはいるが、一応の理解と納得はしてもらえたらしい。啓護はそれ以上の追求はしてこなかった。

 彼のこういう(意外に)さっぱりした性格は、この場合においては感謝すべきものだろう。

 もちろん感謝はしている。

 だが、奏多には一つだけ、気に食わないことがあった。

「それにしてもお前が女の子を、ねぇ。ふーん」

 ニヤニヤを押さえているような、この不愉快きわまりない表情だ。

「なんだよ、その気持ちの悪い顔は」

 耐えかねて思わず聞いてしまっていた。

 啓護は笑いというよりもニタつきといったほうがいい表情のまま、答える。

「いやなに、ちょっとだけ嬉しくてな」

「嬉しい? ああ、全裸の女の子が拝めたことか」

「違うわ!! ……お前が他人を助けたことだよ。道端で女の子が集団で襲われてようが、むしろ喜んでその輪に加わるようなやつだと思ってたからさ」

 かなり失礼この上ないことを言っていたが、言われた本人はそれを聞いて、まったく別のことを考えていた。

(本当に、なんで助けたんだろうな)

 あのときの屋上で、奏多はこの子を捨ておくことも出来た。だが、それをしなかった。

 してはいけないような、気がしたのだ。

「だから、ちょっと嬉しいんだよ。お前の貴重な優しさっていうのを見れて」

「だから、気紛れだって。お前だって俺と同じ立場だったら、同じことをするだろう」

「そうかもしれないけど、それでもだよ。見ない振りして通り過ぎることも出来たんだから」

 確かに第三の視点から見れば、奏多の行為は褒められたものなのだろう。加えてここ付近の無法者の多さを考えれば、(実際は違うが)さっきのような格好の少女を連れて歩くのにも危険が伴うのだから、「優しい」と言うこともできるかもしれない。

 しかしここまで言われると、彼は大してそういったことを考えずに行動していたので、さすがに背中が掻痒感に見舞われる。

「頼む。気持ち悪いから本当にやめてくれ」

「なんだよ、せっかく褒めてるのに。ーーまぁいい。それで、どうするんだよ、その子」

 どうやら珍しく啓護にからかわれていたらしい。あっさりと話題を現実問題へと移した。

 からかわれたことに奏多は何となく釈然としなかったが、それでも無視できない問題には違いないだろう。

 奏多は真面目な声色で提案する。

「そうだな。とりあえず一人一日三回までの使用制限を定めよう。こいつが壊れないようにしたい」

「なんの回数、それ!?」

 真面目なのは声だけだった。

 奏多のことをなんだと思っているのか啓護は真面目に受け取ったようなので、赤面した彼に向かって奏多は冗談だ、と言っておいた。

 本来は、言う必要もないことではあるのだろうが。

「ここで飼う」

 奏多は言い切った。

 オブラートもなにもないその言い方に、啓護は渋い顔をする。

「飼うって……とりあえず聞いておくけど、それって僕の意見は?」

「いやならとっくに放り出してるだろう」

 ニヤリ、と奏多は意地の悪い笑みを浮かべて見せた。それに対して、反論は返ってこない。

「まあそうだけど。聞きもされないのは、ちょっと納得いかない」

 そう言って、啓護は今日何度めかの深い息を吐いた。

「オーケー、ここに置いてあげよう。ただし、その子に変なことしたら鉄拳制裁な」

 共に住まう者の了承がとれた。

 奏多は知己のお人好し加減に感謝しつつ、短く小さく

「ありがとよ」

 とだけ告げた。

 


いつものごとく、例にもれず、遅くなりまして申し訳ありません。


感想など、投げつけてやったら奇声を発しながら狂喜乱舞させていただきます。

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