序章
すべてが氷に包まれた。
建物も、木々も、地も。さらには人も氷の結晶と化していた。
しかし、不思議と恐怖感は沸いてこなかった。
それは単純な理由。
何よりも視線を奪われてしまうものがあったからだ。
——少女だった。
右手には少女の身長をゆうに超えた剣が持たれていた。それは透き通っていて、辺りの光で何度も反射を繰り返す。
そう、氷の剣だった。
一振りすれば、すべての物質が凍りついた。
また一振りすれば、それは粉々に砕け散った。
「あ————」
無意識のうちにかすかな声が宙を舞う。
それに気づいた少女が、長い黒髪を揺らしてこちらに向きかえる。見下すような視線で僕をじっととらえていた。
気づくと、氷の剣が僕の首筋を伝った。
「お前は何者だ?」
その問いかけに僕は答えられない。否、声が出せない。氷の剣がまるで僕の首だけを凍らせ、発声を妨げているようだ。
しばらく、沈黙が続いた。
その間にも、僕の首はどんどん氷に侵食されつつある。
「ぁ————、ぁ————」
僕は必死で声を絞り出そうとするけど、かすれ乾いた声ばかりが出る。
「そうか。お前も答えてはくれないのだな」
どこか悲しそうに、絶望感に慣れているような。そんな瞳に僕は何故か見とれてしまった。
その時、少女と僕の視線が交じり合った。