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5 復讐

夜のとばりが静かに下りる。

ドラゴニアを目指すにしても、この世界のことについて何も知らないのでは判断を誤る。

そう思った俺は、フェリシアにこの世界について話してもらうことにした。

たき火のそばで桃をかじりながら耳を傾ける。

少女とはいえ王女なだけありフェリシアは博識だった。

フェリシアによれば、この世界は、一つの大陸と一つの島からなっている。

大陸は東西に長い楕円形で、中央部に大平原が広がっている。

この大平原は、肥沃ではあるもののモンスターが跋扈する危険な土地であり、定住する者はほとんどいない。

たまに冒険者が薬草や宝石、レア金属を採集するために分け入ることがあるくらい、とのことだ。

フェリシアの予想では、いま俺たちがいるこの場所こそがその大平原、アルフース大平原らしい。

これほどの広がりをもち、巨大蜂のモンスターが出没する平原など、ほかに考えにくいそうだ。

このアルフース大平原の周囲を、万年雪を頂く高山がぐるりと取り囲んでいる。

その外側、アルフース大平原で隔てられた東岸と西岸の部分が、人間や竜族、エルフなどの居住区域だ。

東岸に無数の、西岸に5つの国が成立している。

また大陸の西側に、ブリーデンという名の島があり、そこにも一つ国がある。

そして「私の国、ドラゴニアは、大陸西端にあります。温暖で豊か、農業も工業も盛んな国でした」

フェリシアは語る。その凛とした姿は、あたふたと慌てているときの彼女とは別人のようだ。

「国制は王制で、お父様、すなわち竜王フランツ・ドラゴニアが、王国軍元帥と王国宰相の補佐を受けつつ治めていました。国民は竜族が3000人、人間が500万人というところでした」

「世界で唯一、竜族の王を頂く国でした」

「とはいえ、竜族に特権が与えられていたわけではありません。軍も官も万民に対して開かれ、実力さえあれば竜族人間の別なく出世して才能をふるうことができる国でした」

「しかし、いきなり、北のネーデルと南のポルト、対岸のブリーデンに位置するテュダーが、三カ国連合を結成してドラゴニアに襲い掛かってきたのです」

「ドラゴニア竜族軍は精強でした。竜騎兵は一人で100人の人間兵に匹敵します。王国軍元帥に率いられた竜騎兵1000人が南部戦線、西部戦線で古今無双の働きを見せ、ポルト軍とテュダー軍をほぼ完全に阻止しました」

「しかし北部戦線を守るドラゴニア人間軍はそうはいきませんでした。北から侵攻したネーデル軍には、ドラゴニア人間軍軍人と親戚関係の者がたくさんおりました。その者たちが、ドラゴニア人間軍に裏切りをそそのかしたのです。お前たちとは血を分けた者同士だ。なぜ戦う必要がある。それよりも異なる生き物である竜族を倒せ。われらは人間を殺す意思はない。敵は竜族のみなのだ。と言ったと聞きます。その言葉にそそのかされた裏切者が味方を攻撃し混乱が発生、そこをネーデル軍が攻撃し、ドラゴニア人間軍は敗れました」

「ドラゴニア人間軍が敗れたと聞くと、お父様は王都防衛のために、自ら少数の近衛兵とともに出陣しました。しかしネーデル軍は、竜族にとって致命の凶器である竜殺しの剣を所持していたのです。単身、敵陣深く分け入ったお父様は、後方から竜殺しの剣の一突きを受けて重傷を負いました。お父様は、近衛兵たちに護衛されて何とか王都まで帰還することができましたが、竜命が砕けていて手の施しようがなく、私に竜魂を授けると、そのまま亡くなったのです」

「ネーデル軍は急進し王都を包囲、王都に住む人間に呼びかけました。決起せよ、我らが同胞たる人間諸君、君たちは竜族により不当に搾取されている。今こそ奴隷のくびきを断ち切って真の自由を掴み取り、奪われた富を取り戻せ」

「王都に住む人間の一部がこの呼びかけに呼応し、城門を開け放ち、ネーデル軍を迎え入れました。さらに各地に火をつけて回り、略奪を開始したのです」

「王都に残る竜族は、文官と女子供老人ばかりでしたが、もともと竜族は強大な力を持っており、戦えないことはありませんでした。しかし王都内で竜族が力をふるえば、王都は完全に破壊され、王都に住まう人間の多くが死に至ります。お母様はやむを得ず、人間軍司令と人間の高官に降伏する許可を与えた後、竜族をつれ王都を脱出することにしました。私も当然一緒でした。南部戦線・西部戦線で奮戦中の竜騎兵と合流して再起を図ろうとしたのです。王都を放棄すれば、ネーデル軍は王都の占領に兵を割かねばならず、追撃が弱まるとも考えたのでしょう」

「しかしネーデル軍は、王都に少数の兵を残しただけで、脱出した私たちを急追しました。私たちは驚きましたがこれに反撃、ただ私とお母様は先に竜騎兵と合流すべく少数の護衛とともに先行しました」

「ところがそこに、竜殺しの剣を持つ将軍、黒髪で細身の目立たない男でした、に率いられたネーデル軍別動隊が現れたのです。お母様が先に落ち延びることを読んでいたのだのだと思います。お母様は私を抱きながらその軍とたたかいましたが、私はそこで気を失ってしまいました。そして気が付いたら義人お兄様に抱かれていたのです」


話を聞いて、俺は尋ねる。

「人間は竜族を憎むようになってきているのか」

「はい。それにエルフやドワーフに対する差別意識も強まっています」

「その原因は」

「人間至上主義が広まったからだと思います。人間至上主義とは、神は人間を自らに似せて作った、だから人間こそがこの大陸の支配者になるべきで、竜族やエルフ、ドワーフはそれに従うべきなのだ、という考え方です。ネーデルやポルトは人間のみの国なので、そうした考えが広まりやすかったのでしょう。テュダーではごく最近まで、人間とドワーフが内戦を繰り広げておりました。人間が勝利したので、人間至上主義が一気に広まったのだと思います。ドラゴニアはそのような考えとは無縁であると思っていたのですが、同士討ちが起き、王都の城門が開かれたのですから、やはり人間たちの間では密やかに人間至上主義が広まっていたのだと考えるのが妥当でしょう」

「人間至上主義とは古くからある宗教のようなものか」

「いえ、つい最近、燎原の火のごとく広がった考えです。なんでもネーデルに預言者があらわれ、その教えを広めたとか」

なるほど、勃興期のキリスト教、いやイスラム教のようなものか。

神がかったやつが大衆を扇動し動かしているってとこだろう。

とすると論理的な説得では考えを変えさせるのは難しいか。

厄介だな。


とにかく一応、この世界の地理と大陸西岸の状況は分かった。

「つらいことを思い出させてしまったか」

「大丈夫です」

フェリシアが桃をついばみながら答える。長く話をして喉が渇いたのだろう。

「私はドラゴニアに向かいます。義人お兄様が私を守ってくださるというのはとてもうれしいです。でも、義人お兄様ご自身もなにか目的を見つけるほうが良いのではないでしょうか」

「ああ、そうだな。実は目的なら考えたんだ。第一に、実は俺には戦闘経験がない。そこで草食の獣を狩ることで、戦闘経験値を高めたいと思う。肉も手に入るし一挙両得だろう。第二に、ドラゴニアに着いたらシアを守りつつも防具屋を捜し、できるだけ早く重い防具を手に入れたい。詳しい理由は省くけれど、それは俺が今の力を維持するために不可欠な物なんだ。そうだな、普通の防具の数千倍の重さの防具がほしい。入手できる場所について、心当たりはあるか」

「それほどの重さの物となると・・・普通の防具屋や職人から入手することは無理でしょうね。高名なドワーフの職人でも、作るのは難しいと思います。・・・・ただ一人だけ、そのような防具を作ることができる男がいます」

「本当か。その男の名と居場所は分かるか」

「名はレオン。居場所はドラゴニア南部のカレーという港町だったと記憶しています」

「助かる。それでそのレオンとは、どのような男なのだ」

「・・・・レオンは竜族の職人で、かつて武具作りの天才の名をほしいままにしていました。高名な竜騎兵の武具や防具を星の数ほど作ったと言われています。しかし、やがて究極の武具をその手で作りたいと欲するようになり、禁術に手を染めるようになりました。彼は、多くの者に仇なすおぞましい武器を作るようになり、ついにお父様の怒りを買って王都から追放されたのです。・・・・私の仇の一人です」

「仇とはどういう意味だ」

「お父様とお母様の命を奪った竜殺しの剣を作ったのは、この男なのです。」

ふむ、広い意味では仇だな。

「憎いか」

「当然です」

両眼に苛烈な光が煌めく。口の端が危険な角度に上がる。体から紅のオーラがにじみ出る。なるほど、幼いとはいえ竜族だ。これがこの少女の本質か。

「お父様とお母様の無念、必ず私が晴らします。それが今の私の生きる理由ですから。とはいえ、憎しみを開放すべき時期くらいはわきまえています。義人お兄様が必要な防具が完成するまでは、決してレオンを殺めたりしません」

生きる理由か。

少女が、復讐に身をささげるなど好ましいことであるはずがない。

しかしこの過酷な環境では、まず生きのびることこそが重要なのだ。それがどのような理由であれ、少女から、生きる意欲の根源を奪い取るべきではあるまい。

お前のお母さんは復讐など望んでいない、そうは言えなかった。



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