11 旅路
翌朝。
目が覚めたとき、日はすっかり昇っていた。
昨夜は遅かったからな。
昨日の勢いを維持するためにも、もう少し早起きしたかったんだが。
うん、何やら甘い香りがする。
「義人お兄様、おはようございます。もうすぐ朝食ができますからね」
俺が起きたのに気付いたフェリシアが、明るい声で呼びかける。
わが妹は今日も元気だ。
大変喜ばしい。
「ああ、おはよう。シア。朝食と言ったか」
「はい。お兄様。考えてみると、シアはほとんどお兄様のお役にたてておりません。
そこで感謝のしるしにと思い、朝食を用意したのです」
ほう、いい心がけだ。
俺は目の前の草原に目をやる。
木の葉の皿の上にはいろいろなものが並んでいる。
これはなんだ、蜂の子の肉を焼いて蜂蜜をかけたものか。
こちらはなんだ、焼き鮭の残りに蜂蜜をかけたものか。
「シア、これは」
俺は木の葉の深皿に入った液体を見やる。
「蜂蜜のお湯割りですわ」
「こっちはなんだ」
俺は、たったいまシアが差し出した、何か堅そうなものに蜂蜜がかかっている料理を眺める。
「固まっていた蜂蜜に温めた蜂蜜をかけたものですわ」
…えーと
「出来上がりです。どれも甘くておいしいですわ。さあ召し上がれ」
満面の笑みだ。
落ち着け俺。
ビークール。
「シアは蜂蜜が好きなのだな」
「大好きです。三食蜂蜜でも構いません」
うむ、いずれその味覚を矯正してやる。
おもに俺の精神の健康のために。
「とりあえず、蜂蜜のお湯割りを頂こう」
深皿を手に取り恐る恐る一口すする。
甘っ
無理、俺には無理だから。
よくラノベとかで
料理下手な女の子たちが次々に持ってくる真っ黒焦げのケシズミを、
ハーレム主人公が冷や汗を流しながらも笑顔で食って
「美味しいよ」と言うのを見て
リア充主人公爆発しろ
と思っていたけれど
今理解した。
彼らはこれを食えるからこそモテるのだ。
心底尊敬に値する。
「うむ、ありがとうシア。心を震えさせる味だった。
シアの感謝の念、確かに受け取った。
ただ俺には味付けが甘すぎる。それにどうやら昨夜食べすぎたようだ。
今朝はこれで十分だ」
そう言うと、フェリシアはしょんぼりして肩を落とした。
「お父様も、私の料理を食べると、甘すぎると仰られていました。
女官たちは食べてくれたのですが。
男の方は甘いものが苦手なのですね」
いやこの甘さは普通の女でもつらいだろ。
俺はまだ見ぬ女官たちの献身を思い心の中で合掌した。
「そうだな、他の男は知らないが、俺は甘い辛いを問わず、あまりに濃い味は苦手かもしれん。薄味で、素材の味を大切にした料理が好きだ」
「…私の料理も素材の味を大切にしているのですが」
恨めしげな顔を向けるフェリシア。
その顔をやめてくれ。
たしかに素材の蜂蜜の味を大切にしているのは分かるが、
ほかの味が何もしないじゃないか。
とはいえ一生懸命作ってくれたフェリシアがかわいそうになり、口を開く。
「その、シアさえよければ、これからも料理を作ってくれ。ただし俺が喜ぶような料理を頼む。すぐにでなくてもいい、だんだんうまくなってくれればいいのだ。俺もシアの料理を美味い美味いと言いながら食えるようになりたいからな」
俺の言葉を聞くと、フェリシアはすこし考えていたが、やがて雲が晴れて太陽が顔を出すように笑みを作った。
「はい、お兄様に喜んでいただけるような料理を、すぐに作れるようになりますからね」
尻尾があれば振り出しそうにしているフェリシアの頭を、なでてやった。
フェリシアと俺は、朝食をすませると、目の前の巨木の葉を使って簡単なリュックを作った。
人間の背丈の倍ほどもある葉を三枚重ねて織り込むと端に穴をあけ、
つる草で止め、肩ひもを付けただけの簡単なリュックだが
そこそこ丈夫そうだ。
色も緑で目に優しい。いい出来だと思う。
次に、別の木から取ってきた葉で小袋をたくさん作り、蜂蜜を入れ封をしてリュックに入れた。
これでドラゴニアに戻るまで蜂蜜は食べ放題だ。
フェリシアもうれしそうだ。
もし余ったらドラゴニア国内で売ろう。
何しろ俺たちは一文無し。金を得る必要があるからな。
その後、花畑に戻り、黒い花を摘んでリュックに入れる。
フェリシアと順番に川で水浴びしてから出発した。
フェリシアを抱いて駆ける。
「ところで、シアは昨日、『お父様が竜体化しても』と言っていたよな。お父さんは竜になれたわけだ」
ブラックシーに注ぎ込む大河に沿って西に向かって走りながら、フェリシアに尋ねる。
「はい」
「竜族はみな竜になれるのか」
「いいえ。今では竜体化できるのは王族だけになってしまいました。昔は竜族ならば誰もが竜体化できたのですが」
「シアは王女だから竜体化できるわけか」
「はい」
「竜体化してくれるか」
「ええー」
「竜の姿をこの目でみたいのだ」
元の世界では古来より数え切れぬほどの人間が竜の絵や置物やぬいぐるみを見てきたはずだ。
干支にもなっているし。竜は我々にとってきわめて身近な存在なのだ。
しかし誰一人実物を見たことのない存在でもある。
あくまで架空の生き物という扱いだからな。
それをこの目で見ることができる。
なんだか興奮してきたぞ。
しかし、フェリシアは頬を染め俺を睨んでいる。
なぜだ。
「お兄様、わかっていらっしゃるのですか。竜体化してくれということは、裸になれということです。竜の姿を見たいということは、裸を見たいということです。軽々しく女の子に言うようなことではありません」
「げ」
「げ、とはなんですか。そういうことはもっとムードを大事にしながら、夜の闇間に甘い声で囁くものなのです…ですが、お兄様がどうしても竜体化してほしい、竜の私を見たいというのでしたら、恥ずかしいですけれど…」
フェリシアはそう言いながら、俺の腕の中でコートを脱ぎだした。
慌ててうろたえる俺。
「い、いや待てシア、そういうつもりで言ったのではない。服は脱がんでいいから。そのだな、俺の世界では竜は伝説上の生き物だったから、興味がわいてこの目で見たくなったのだ。その、邪な気持ちで言ったのではない。本当だぞ」
「でも竜は普通服を着ていない、すなわち裸だということは、お兄様も分かっていたのではないですか」
「それはそうだが」
たしかにスカートをはいた竜の絵なんて見たことがないからな。
俺がうかつだったのか。
「ほらごらんなさい、やはり私の裸を見ようとしたわけじゃないですか」
「うう」
「裸の竜のどのような姿を見たかったのですか。横になって首をかしげているところですか。体を丸めて目を閉じているところですか。仰向けになって舌を出しているところですか」
いやお前、竜が仰向けで舌を出しているって、どんなシチュエーションだよ。
それは果たして萌えるのか。
…いいかもしれない。
しかしフェリシアはしばらく俺を睨んだ後、相好を崩して笑い出した。
「ふふふ、冗談です。お兄様に邪な気持ちがないことは分かっていました。そんな雰囲気じゃなかったですから。ちょっとからかっただけですわ」
「お前なぁ」
「あはは、ごめんなさい。でもお兄様は、竜が怖くないのですか。昔竜族が大陸西岸に現れたとき、人間は恐れ逃げ惑ったと言われているのですが」
「いきなり出会えば驚くかもしれないが、シアだとわかっているなら怖くはないさ。むしろかっこいいと思うだろう」
「よかった、怖がられたらどうしようかと思いました。その、いずれ戦いの際に私が竜体化することもあるでしょう。その時には本当に怖がらないでくださいね」
ちょっと不安げな表情だ。竜の姿はそれほど恐ろしいものなのだろうか。もしかして怖がられることを恐れているのか。
まったく兄を相手に何を恐れる必要があるのだ。
だから俺は断言する。
「ああ、もちろんだ。怖がったりしないさ」
それから3日間、俺はフェリシアを抱いて走り続けた。
その間、運よく猪や牛や鹿の群れに遭遇し、これらを狩って食事とした。
本人が望んだのでフェリシアにも参戦させた。
俺が前衛、フェリシアが後裔というフォーメーションだ。
俺がフェリシアの周辺を守り近づく獣を倒している間に、フェリシアが火力で離れた敵を倒すのだ。
さすがに火竜、数が限定的である限り、草食獣程度なら炎のブレスの遠距離攻撃で瞬殺だった。
しかも、戦い方が洗練されている。
相手が草食獣だったので、ちょうどいい焼き加減の焼き肉になるように、温度に気を使い続けたのだ。
戦いが終わった時には焼き肉ができているというわけだ。
昨日の鹿肉は美味かったな。
ああいう焼き加減の肉なら毎日食べても大丈夫だ。
フェリシアも俺が喜んで食べるのを見て、目を細めていた。
「こういうお料理ならばお兄様も食べてくださるのですね」
と言っていたが、たしかに美味かったけれど、あれは料理とは言えないと思うのだが。
やがて万年雪を頂く山々が見えてきた。
アルフース大平原と大陸西岸を分かつ山々だ。
すでに花畑などはなくなり、ごつごつした岩場になりつつある。
空気もひんやりしてきた。
標高が高くなってきたのだろう。
周囲の木々も広葉樹はめっきり少なくなり、杉やヒノキに似た針葉樹が目立つようになってきた。
この分だと生息している動物も変わってきているのだろうな。
そう考えていると、フェリシアが小さな声で囁いた。
「お兄様、あれを見てください。虎です」
木々の間に目を光らせている虎がいた。
黄と黒の縞模様。サーベルタイガーに似ている。
長大な白い牙が日の光を受けて鮮やかに光った。




